日経DUAL発行人 藤井(以下、――) 「日経DUAL」では、女性のワンオペ育児家事を解消しようと訴えてきました。九州と山口でも平成28年秋から「九州・山口ワーク・ライフ・バランス推進キャンペーン」を展開し、男性の家事育児の参加を推進されているとのこと。背景を教えてください。
山口知事(以下、敬称略) 全国的にみて、九州・山口地域は合計特殊出生率が高く、直近の調査でもトップ10に7県がランクインするほど、子どもが多く生まれる地域なんですよ。一方で、九州・山口の男性は、家事に携わる時間が全国平均より短く、夫に比べて妻は約7倍も家事をしているというデータがある。イクメン率の調査を見ても軒並み低い。それを知って、「えー!」と思ったわけです。子どもがたくさん生まれるのに、男性の家事育児参加が少ない、いわゆるワンオペ率が高いことに衝撃を受けました。
山口 確かに昔から「九州男児」という言葉があるくらい、こちらでは男性が“男性らしく”ふるまっています。九州の男は女性がキッチンで食事を作っている間に、“偉そうに”くつろいで(笑)。わかるかな?
―― わかりますよ、私は鹿児島出身なので(笑)。
山口 九州がこれから伸びていく中で、そこに手を入れることが経済やあらゆる成長の原動力になるのではと思ったのが、キャンペーンを始めたきっかけです。
では、どうやったら九州の男たちの意識を変革できるかなと考えたとき、若い人はともかく、年長者とリーダーを変えなければと思った。九州って、リーダーがやると「そうか」とまとまるところがあり、知事や経済界のリーダーが率先してやっていくことが大きな影響を及ぼすのではないかという思いがあったのです。
―― その中で、山口知事がリーダーとして制作された動画「知事が妊婦に。」は、世界中で2,900万回以上も再生されて大反響をよびました。3人の知事が妊婦を体験するというのは、ユニークな発想ですね。
山口 「共感」を重視しました。女性に「わかってもらってる」と感じてもらえるかをポイントとして、女性が共感できる動画にしようという方針を出した。その中で、職員が複数案の中からこの案を選んだそうです。職員が私にこの案を持ってきたときは、恐る恐る、でしたよ。「知事、やってくれますか。そして、ほかの知事にも頼んでもらえますか」と(笑)
―― それで宮崎、山口両県の知事に声をかけられたと。
山口 7.3kgの妊婦ジャケットを着ると、歩くだけでも大変なので、若い世代の2人に声をかけました。僕らはこんなことやろうとか、事前に3人で示し合わせてないんですよ。疑似妊婦の装具をつけて数時間過ごして、その時間にそれぞれが素直に体験して、実感したことを表現しました。
―― 地方自治体のPR動画は、炎上するケースもあります。制作するときに留意された点はありますか。
山口 絶対に茶化さないこと。真摯な思いは必ず伝わると思っています。佐賀県は他にもいろんな動画を出していますが、いつも大事にしているのは嘘偽りがないこと。正確にまっすぐにメッセージを届けたい。もし邪道な発想が入ったら見抜かれてしまう。今回の動画は、3人の知事がそれぞれの思いの中で実行して、「妊婦は大変なんだよ。みんなでそこを考えよう」という真摯なメッセージが込められています。
そして、3人だけではなく九州・山口のみんなでやっていくという姿勢を伝えるために、僕の呼びかけで動画の最後に、ほかの知事と九州経済連合会の麻生会長にも出演してもらいました。
―― 動画の中で私が一番アッと思ったのは、靴下をはけないところです。どの知事が悪戦苦闘しているかは、ぜひ日経DUALの読者も動画をご確認ください。
●公式リンクから、動画をご覧ください。(3分程度)
http://www.kyushu-yamaguchi-wlb.com/
●ユーチューブ上のリンクは、こちら(3分程度)
https://youtu.be/QAZRbuetgAo
―― 動画に関して、身近な方々の反応はいかがでしたか。
山口 動画に出てくる山口県の村岡知事は、実際に御夫婦で出演しています。この動画でさらに夫婦仲がよくなったそうですよ。うちの妻も、妊婦のときに大変だったと、私が気づいたことについて喜んでいました。
―― 奥さまからアドバイスされたことはありますか。
山口 「数時間やったくらいで、わかった気になっちゃダメ」とくぎを刺されました(笑)。でも、全くその通りなんだよね、謙虚な気持ちを持ちつつやらないと、本当の女性の苦労はこんなもんじゃないので。ただ、そこをやろうという心持ちとやったことの気付きはとても大事で、これを抱えている大変さをリーダーがズシッと実感するかしないかは、雲泥の差だと思います。
―― 世界中で大きな反響があったようですね。
山口 もともとは九州・山口の男性に呼びかけるための企画だったのに、ネット社会ってすごいと驚きました。日本のガバナー(知事)がすごいことをやってるぞと、映画『スティーブ・ジョブス』主演のアシュトン・カッチャーをはじめ世界中の人たちが拡散してくれて、SNSでも話題になりました。公開から1か月で2,300万回再生、世界188か国で見られたそうです。香港で歩いていると、「あっ」と気付かれて、お腹を抱えるポーズをされたこともあります。
―― それはすごい。世界中の男女が女性の負担を認識するきっかけになったということですね。
山口 大変な思いをしている女性たちに、一筋かもしれないけど、何か希望を与えられたらいいなと。そして、多くの人が考えるきっかけになっているのなら、この上ない喜びです。
(写真/長﨑辰一、文/佐々木恵美)