「社会保険料の負担」「他がやっていない」という理由で、経営者がNO

 2つの理由を挙げて、妻の要望は断られてしまいました。第一に、社会保険料の負担。佐藤さんの海外勤務期間に妻の休業を認めると、妻の勤務先は年100万円超の社会保険料を負担する計算になります。また、妻が働く業界で、配偶者海外勤務時の休業制度の制定率は2割に満たない、つまり「他がやっていないからやらない」という回答でした。

 経営者の判断を聞いて、佐藤さんは怒ります。

 「労働者の権利を無視している。時代遅れだ! と思いました」

 自分が直接、経営者に話をしに行ってもいい、と言う佐藤さんに対し、妻は「そこまでしてほしくない」と考えました。妻の勤務先は地元の有力な雇用主。両親も近くに住んでいるからという理由で、「事を荒立てたくなかった」のです。

 また、妻のほうには「勤務先に申し訳ない」という気持ちもありました。自分が休めば社会保険料だけでなく代替人員の人件費もかかります。女性の先輩からは「私はすべてを諦めて仕事を続けてきた。あなただけ支援を受けるのはおかしい」と面と向かって言われたこともこたえたと言います。そういう雰囲気の中、たとえ制度があったとしても「使うことには気兼ねがある」と感じたのでした。

 妻に止められ、結局、妻の勤務先との交渉は諦めた佐藤さんは、転勤し家族の生活と自分の仕事が軌道に乗った今も、納得がいかずにいます。

 「企業がグローバル化する中、若手が子連れで海外へ行く事例は増えている。そういうとき、辞めることになるのはたいてい、女性。日本の労働市場には流動性がないから、一度辞めたら再就職は難しい。妻の場合も、もし、元の職場で働けるとしても、正規ではなく非正規。雇用の保障も社会保険もなく、賃金も非常に安くなる。何より、企業にとって中堅社員を辞めさせるのは損失だ」

 今、佐藤さん一家が住む街で日本人の駐在員とその家族に話を聞くと、海外配偶者勤務制度を使い、休職している人も多くいます。佐藤さん自身の勤務先には、休業制度はないものの、再雇用の制度があります。同業他社は、休業中の社会保険料を自分で払うことを条件に休業を認めているところもあります。

 例えば国家公務員については、平成26年2月に施行された「配偶者同行休業制度」で3年を超えない範囲で、配偶者の海外勤務・留学などについていき、その後、仕事に復帰することができるようになりました。大企業やダイバーシティー推進に熱心な企業も、こうした制度を取り入れるところが徐々に増えています。