親は練習を見ていなくていい

―― ここ15~20年くらいで、親が気に掛け過ぎるような、口を出し過ぎるような時代に変わってしまったということでしょうか。


「子どもたちが自分で考えることがとても大事だと感じてきました」

池上 そうですね。私が指導者になったのは35年くらい前だったんですが、そのころは親が子どもをスポーツクラブに送ってくるようなことはなかったです。子どもだけで通ってきていましたね。それがだんだんと送ってこないといけない時代がやってきて。送ってきた親がそのまま練習のときに居残って、子どもたちを見ている。そうすると、色々気になり始めてきた、ということなんだと思います。

 親たちが自分の世界というか、自分がやりたいことがあって、子どももやりたいことがあって、お互いがそれぞれやろうよ、というような時代が来なければいけないと思っているんです。例えばサッカーを習っている子の場合、治安が心配なら、送り迎えはする。けれど、送っていった後のスクールの間の1時間半は、お母さんは趣味でも買い物でも仕事でも、自分のやりたいことをやりに行く、みたいなことです。練習する子どもたちを見ているお母さんを見ると、みんなつまらなそうなんですよね(笑)。コーチたちがヒートアップして、練習がちょっと長引いたりすると、お母さんたちは「(寒いし)早く終わらないかな」と思いながら待っている。どうしてそんなことになっちゃうのかな、と思いますよね。

 私の知り合いの大学教授は“親子共倒れ”という言い方をされているんですが、子どもの夢に親が乗っかっているんです。だから子どもが夢破れると、親も倒れて子どもの上に倒れるので、乗っかられた子どもは絶対に立ち上がれない。「大人がちゃんと大人として立つ」という話を私はよくするんですけど、たとえば小学生で「サッカーやりたい」と言ってきた子には、「じゃあ、いってらっしゃい」と任せておけばいい。「仲間に入れなかったらかわいそう」「できなかったらかわいそう」…そういう発想で見守っているつもりなんでしょうが、私から見れば余計なお世話だと思います。

―― 同じ小学生でも、低学年と中学年、高学年といますが、年齢によって付き合い方は変えているのでしょうか。

池上 それはあります。1~2年生だったら、自分中心からちょっと隣の友達までの範囲が気になる。クラス全員でまとまって、隣のクラスと対抗するようなことはまだできません。3~4年生は“ギャングエイジ”と呼ばれる年代ですから、小集団になりたいんですね。その特性を生かして、学校教育でも班行動が始まるのもこのころからです。高学年になると、大人の入り口だといつも私はお話ししているんですが、頭で理解するようになる。「これはこういうことなんだ」という理屈を学ぶ時期だと思っているんです。

 サッカー指導では6年生くらいに対しては、ホワイトボードをグラウンドに持って出て、「ではみんないいですか?」と言ってから絵を描いて「はい、やってください」とだけ言います。説明をしない。みんなもうたいへん。大騒ぎですよ。でも自分たちで考えるようになります。