大人たちこそ「ふり」をしないことを知ってほしい

 このことは、子どもたちを育てる大人、ママやパパたちにも言えることです。特に、すごく暴れん坊だったり、言うことを聞かなくて困る子ども、あるいは、どこかに障がいがあるといった特別なお子さんを持つママやパパに、「ふり」をしなくてもいいんだよ、ということを分かってほしいと思っています。特別な子どもは恥ずかしい存在じゃないんだ、むしろ、特別にできることや持っているものがあるんだ、と気づいてほしいですね。

 もし、子どもが耳が聞こえない・聞こえづらかったとしたら、家族にとっては大きなプレッシャーになることだと思います。子どもが何がしたくて、何を思っているのか、分かりづらいこともあるだろうし、親は「自分の子どもは障がい者だ」というイメージにとらわれることになるでしょう。そうした親子が「ダイアログ・イン・サイレンス」を経験したら、耳が聞こえないことはむしろ価値があること、資産だと感じられるようになるかもしれません。そして、自分の子どもを無理やり大多数に適応させようと思わなくてもよくなるだろうし、子どもをありのままに受け止められるようになると信じています。

 音のない世界では、目を使って相手を理解しようとします。見なければ分からないのですから、いや応なく「見る」ことに集中することになります。見ることで相手を理解しようとすることに意識が向かうんです。アテンドが伝えたいことが分からないときに、なんとか言っていることを理解しようとする、また、自分も「分からない」ということをボディランゲージで伝えようとします。お互いの情報を得ようと、道を探るわけですよね。このことは、実は耳が聞こえている日常にも起こっていることです。話している相手の表情を見て、相手の気持ちを理解しようとしているはずなんです。この理解したい気持ちが、コミュニケーションの一番大切な部分です。

 これは、耳が聞こえないことだけの話ではありません。国籍を超え、文化を超えた多様性の中では、誰でも自分自身の弱さを乗り越えるチャンスがあるんです。「ダイアログ・イン・サイレンス」では、参加した人がみんな同じ制限を受けることで、自分自身の弱さを乗り越える体験ができるのです。

次回は「ダイアログ・イン・サイレンス」を実際に体験した日経DUAL記者のレポートをお送りします。

(取材、文/関川香織、撮影/花井智子)