産後1カ月でフルタイム復帰するつもりができず、自分がボトルネックに
産後すぐに仕事復帰するつもりで、産後1カ月からの講演などの仕事を出産前に入れていた土屋さん。けれど、すぐには子どもを保育園に預けられない現実が待ち受けていました。
「いざ仕事に復帰しようと思ったときに、はて、子どもを連れていけないな、でもまだ保育園に預けられないからどうしよう、と改めてはっとしました(笑)。なぜなら1人目は2月生まれだったので、一番保育園に入りやすい0歳4月のタイミングで入園できず、1歳4月まで待たなければならなかった。そのため、近くに住んでいた義理の母に協力してもらいながら、産後1カ月くらいから少しずつ仕事を始め、週3で働けるようになったのが産後3カ月くらい。そのころは、義理の母に週2回ほど、残りはベビーシッターに依頼。子連れで出社することもありました」
産後1カ月でフルタイム復帰するつもりができず、うまく回らないことに葛藤を抱えたといいます。
「新卒からとにかくフルタイムで頑張るというのが自分の働き方で、できないということが言えなくて。かつ、私は社長という立場で、どうしても社員にお願いすることができなくて。結局、自分で抱え込むけれど手が回らない、私がボトルネックになってプロジェクトが進まない、ということに」
「全体ミーティングなどにはスカイプで参加するものの、今までフルコミットで手を掛けて見ていたものが、離れて見られなくなってくると把握できないものが増えてきて。すると、私がいきなりスカイプからポーンと意見を言って、現場ではこう思っていたのに、なんかちょっと違う、みたいなことになり、少しずつお互いにやりづらさができていきました」
「指針を出してほしい」と社員からメールが来て、頭が真っ白に
土屋さんと社員の間でだんだん溝ができていく中、あと1~2カ月でフルタイム復帰できるというタイミングで、社員から突然メールが来たそう。
「ちゃんと指針を出してほしい、社長がいないと働きづらい、私がいつどんなふうに働いているのか分からない、期限はちゃんと守ってほしいなど、社員それぞれが色々なレベルで私に対する改善依頼をまとめたメールが来て。頭が真っ白になりました」
自分なりには頑張っていたけれど、空回りだったという土屋さん。今になって振り返ると、原因は2つあったといいます。
「1つは私が自己発信できていなかったから。子育てをしたことがない社員ばかりだったので、みんな私の状況が全く分からない。しかも、子育てはルーティンでできません。例えば、生後1カ月だとよく寝ているので比較的まとまった時間が取れるけれど、ハイハイをしだすと家ではなかなか仕事ができない、離乳食の時期になると外出が難しくなるなど、私が働ける状況が変わっていくことをきちんと発信も相談もしていませんでした。そのため、なぜ前はレスポンスがものすごく早かったのに、今は遅くなったのか、ということを社員は分からない。そういう状況を理解してもらうために、弱音じゃなくてちゃんと発信していかなければいけなかったと思います」
「もう1つは、産後1カ月経ったぐらいのとき、サービス運営の主力メンバーの一人である社員から呼び出されて食事をしたときに、できれば早く出社してほしいと言われたことがあって。それは、私がいないことで、良くも悪くも雰囲気が少し変わり、何となく緩くなったところがある、と。そのとき、自分でなんとかしよう、私が出社しなくては駄目だと思い、なんとか週3でも頑張って出社しようと考えました」
「けれど、それが間違いでした。自分でリカバリできると信じていたのです。でも事実、できないことがある。社員も私ができるって言ったから期待したけれど、結果が出せていなくてがっかりする、ということがありました。やはり『できない』ということを言うこと、そして、自分でなんとかしないで、役員なりに協力してもらい、きちんと組織でリカバリをするということに手を回さなければいけないと思いました」
社員からのメールを受け取った後、役員間で相談をして状況改善に取り組みました。
「指針が見えにくくなっていたところは、もう1回バリュープレスのスタンスを確認し、指針を明文化しました。社員とは1人ずつ個人面談で話し、やることをきちんとみんなで共有。執行役員もマネジメント担当など、それぞれの役割をきちんと明確にしました。それを維持するための活動が大事なので、とにかくコミュニケーション頻度を上げるようにしました。ちょうど4月には子どもを保育園に預けてフルタイムで復帰できたので、それによって徐々に改善されていきました」