加藤智久さんは、オンライン英会話サービスを手がけるレアジョブを2007年に共同創業。以来、約10年にわたり会社の成長を牽引してきました。しかし、2017年6月に代表権を返上し会長からも退任。経営の第一線から身を引く、という決断の背景の一つには、家族との時間を大事にしたいという思いがあったそうです。全2回でお届けする加藤さんのインタビュー前編は、創業社長としての仕事への思いと、家庭との両立について伺っていきます。

レアジョブは、後は自ら育っていく

日経DUAL編集部(以下、――) 加藤さんは2017年6月に、レアジョブの代表取締役会長から退任されました。キャリア転換のきっかけは何だったのでしょうか。

加藤智久さん(以下、敬称略) 仕事とプライベート、それぞれにきっかけがありました。まずは仕事面ですが、そもそもレアジョブは、10年前に僕自身がワクワクしながら夢中で作った会社です。中高の同級生である共同創業者の中村も、それに共感してくれる社員も沢山集まってくれました。会社を作ったときの思いとして、「放っておいても勝手に育つ組織を作りたい」というのがあったんです。だからこれまで徐々に権限委譲を行ってきました。そして今回、「日本人1000万人を英語が話せるようにする。」というレアジョブのサービスミッションを、社員たちに託した形です。今後は外から応援し、見守っていきたいと思っています。

 これからは、自分にしかできない仕事により力を入れていきたいと思っています。具体的には、僕が現在居住し、拠点としているフィリピンでのスタートアップのエコシステムの強化です。フィリピンには、日本でいうサイバーエージェントやヤフーのようなインターネット企業がほとんど存在しません。目指すべき企業が少ないので、スタートアップが生まれる仕組み、エコシステムができ上がっていないんです。せっかく優秀な人材がいるのに、もったいない。今後はそこを盛り上げていきたいと思っています。

―― プライベート面ではどのような思いがあったのですか?

加藤 家族と過ごす時間をもっと増やしたいという気持ちがありました。過去を振り返ると、20代でレアジョブを共同創業したころは、仕事をとるか、家庭をとるかの二者択一でした。そこで仕事をとって家庭の優先順位を下げたことが、最初の妻との離婚の原因になってしまった。創業期というのは、自分が会社にエネルギーを注ぐことをやめた瞬間、会社が潰れてしまうかもしれないという緊張感の中にいます。そこで家庭と両立することは、当時の僕には不可能でした。

 しかし、どんなに事業が成功しても、心が空虚になる瞬間というのがありました。今の妻と出会い、「子どもや家庭っていいなあ」という思いが強くなったんです。

 一昨年、社長を退いて会長になってからは、昔に比べれば子どもや家庭に注げる時間は増えました。しかし、レアジョブでの自分の役割上、フィリピンと日本を常に往復する生活になるので、1年の半分程度しか家族と過ごすことができない。それは健全な状態じゃないなと感じていたので、このタイミングで経営からは基本的に退くことにした、というわけです。