「ママは思ったことは何でもするでしょ?!」と長女に言われた

―― 今度はうまくいったんですか?


2005年12月、当時2歳の次女を迎えて3日目に家族写真を撮った(撮影:井坂英彰)

中村 担当者の男性が共働きで、自身も夫婦で協力をして子どもを育てていたんです。その人は「働いていても大丈夫」と言ってくれました。登録後1年ほど待ち、やっと2歳の女の子を紹介してもらって、三カ月の施設での面会を経て、自宅に迎えたという形です。

―― お姉ちゃんの反応はどうでしたか?

中村 ちゃんと話をして、時間をかけて乳児院に一緒に通って、その子にも合っているので、自然と準備はできていたと思います。後から聞いたら「どうせ、ママは思ったこと全部するでしょ」って言われましたね(笑)。家に迎えてからもすごく仲良くしてくれました。

―― 新たな環境に、嫉妬みたいなものは生まれなかったのですか?

中村 下の子が来たのがクリスマス。大晦日には、上の子と紅白歌合戦を見ようと約束をしていて、すごく楽しみにしていたんですが、下の子を寝かしつけるのに時間がかかってしまって。結局番組が終わったころにようやく出て行ったら、急に怒り出して。「○○が来たからだ! ○○なんて乳児院に返してきて!」ってものすごく泣いていました。

 一週間くらい口もきかないでいたけれど、そのうち元に戻って。大人になった今では親よりも姉妹のほうが仲良しですね。思春期のときは結託して、親に反抗するので大変でしたよ(笑)。

心のマインドセットを外せば、働くママはもっと楽になれると思う

―― 2歳のお嬢さんを受け入れてからは、仕事のペースはどうしました?

中村 そうですね。最初の三カ月はつきっきりで家にいるという約束で受け入れたので、家にいながら時々ベビーシッターに頼んで仕事をするという感じでした。その間、会社のスタッフが頑張ってくれました。三カ月後に保育園に預けられたときは正直ホッとしましたよ。仕事ができる!って。

―― 養子を受け入れても、特別に生活を変えず自分らしい暮らしを守られているのが印象的です。

中村 子どもがいても、養子を受け入れても、親には親の人生がありますよね。母親が働くことや自分の楽しみの時間を、子どものために全部犠牲にしたり、罪悪感を持つのはおかしいと思うんです。だって、ずっとほったらかしにするわけじゃない。家族で居られるときにちゃんと愛してあげれば、と思って育ててきました。

―― オーストラリアで、人生観が変わって、その望んだ人生を生きられているんですね。

中村 私はあのとき、「女は結婚して子どもを産んだら、我慢しなくちゃいけない」っていう自分の中の間違ったマインドセットを崩せたんだと思うんです。とてもラッキーでした。だから夫や人に任せられるところは任せて、仕事も趣味も楽しむという生き方を選ぶことができた。食洗機も掃除代行サービスも20年以上前から利用しています(笑)。仕事で、いろんな人の相談にのりますが、多くの人が自分でかけている制限を外しさえすればもっと楽になれると感じています。