当事者に分不相応の投資をしている自覚なし

―― 「乾坤一擲の教育投資を注ぎ込んだ子供が将来成功して、家賃から小遣いまで一切合財、面倒を見てくれる」という一発逆転の展開もあるんでしょうが、それにしてもリスクの高いプランに思えます。当然、ご夫婦自身にも、自分たちがかなり分不相応な教育費をこれから支出しようとしているという自覚はある?

小屋: いえ、強い危機感はないようでした。教育費が将来的に家計をどう圧迫するか中長期的なライフプランを立てたことがなく、「もともと子供は2人欲しかったが、結果として1人になったので、ほかの家庭より2倍の教育費を投じても大丈夫だろう」、とのお考えでした。

―― 今はシミュレーションを基に、教育費をはじめとする消費行動を見直した、と。

小屋: いえ、今のところ具体的な行動には移されていないようです。

―― 破産することが分かっているのに!?

小屋: 子供の教育費が本格的に上昇するのは高校からで、小さい頃は自分たちの教育費投資が分不相応であると実感しにくい部分もあるんです。

―― 確かに試算を見ても、子供が16歳になるまでは預金残高も順調に増えています。“教育費破産”の恐ろしい点は、子供が小さい間はその予兆に気づきにくいこと、というわけですか。こんな家庭がほかにも増えているんですか。

小屋: 明らかに増えています。理由は簡単で、先ほどのご夫婦同様、子供の教育費について「いつ、いくらくらいかかるのか」というイメージを持っていない人が少なくないからです。

 文部科学省が公開しているデータなどから試算すると、幼稚園から高校まですべて公立に通わせると平均で約550万円ですが、幼稚園から高校まですべて私立だと約1600万円必要です。

―― 高校までで1人1600万円ですか……。

“普通の進路”でも3人兄弟で総額4500万円

小屋: これに大学が加わります。国公立の場合、年間130万~150万円なのに対して、私立の場合は200万円ほどかかります。これは、自宅以外から通勤した場合で、生活費も含んでの平均値です。こうした数字を足し合わせると、幼稚園から大学まですべて私立に通った場合、1600万円+(200万円×4年分)で合計2400万円の教育費が発生することになります。

―― もう少し一般的なパターンで、中学まで公立で高校から私立だとどうなりますか。

小屋: 約1490万円です。これはあくまで一人っ子の話で、子供が3人いれば、当然、冒頭の事例同様、単純計算で4000万円を突破します。

―― つまり、バイリンガルだの何だのと言い出さず、ごく一般的な進路を選ばせたとしても、子供の数次第では、結局、教育費破産する家庭が出かねないというわけですか。

小屋: 試算上はそうなります。

―― ならば、もう無理をせず、ずっと公立というわけにはいかないんでしょうか。

小屋: 個人的な意見を言えば、それでも問題ないと思います。確かに今の日本では、高等教育が非常に費用対効果の高い「投資」であるのは事実です。大卒男子と高卒男子を比較すれば、概算で生涯賃金は約7000万円、女子だと約1億円の差が開きます。だから子供を大学に進学させようとすること自体は合理的な選択です。

―― ですが、そこまでの進路は公立であろうと私立であろうと、大きな問題はない?

小屋: 子供の成長に最も影響を与えるのは結局、学校や塾ではなく、親の姿勢です。教育の大半は家でやるべきことなんです。親が子供ときちんと向き合い、人生に大切なものをしっかりと教えれば、公立でも私立でも子供は立派に育ちます。

 学習意欲にしても、親自身がプロフェッショナルとして日々勉強を重ねる姿を家で見せていれば、子供も自然と勉強に興味を持つようになるはずです。

―― なるほど。

小屋: ただ、ここからがポイントなのですが、教育費過多の家庭の親御さんの中には、「私立と公立では教育の質が違う」と考える方も多い。「私立の方が公立よりも、より教育の本質に近いものを学べる」という考えを持っています。

 そうした考え方には一理あると、私も思っています。そもそも公立教育は戦後、優秀な工業労働者を育てることを目的に設計されたものです。時間と規律を守り、上からの指示を守り、周りと同じ行動を優先し、余計なことは考えない。「そんな人間に自分の子供をしたくない」という思いで私立に通わせたがる親御さんがいるのは事実です。