ブラック企業で起きた「ワンオペレーション一人作業ワンオペ」問題になぞらえて、育児や家事を一人で背負っている状態を、いつしか「ワンオペ育児」と呼ぶようになりました。「男は仕事」「女は家庭」という価値観は過去のものとされ、当たり前に育児や家事をこなす夫は増えている反面、「ワンオペ育児」に悩み、仕事と育児、家事の両立で疲弊し切っている妻もまだまだたくさんいます。この特集では、実例や専門家の取材を通じて、ワンオペ育児の実態や、ワンオペ育児がなくならない理由、解決策などについて多角的に掘り下げます。

 長年、企業の人材育成や組織のマネジメントを研究し、実際に多くの企業の相談に乗ってきた東京大学大学総合教育研究センター准教授の中原淳先生。先生の研究室の浜屋祐子さんが、先生と共著で『育児は仕事の役に立つ―「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ―』(光文社)を出版し、育児を夫婦や家族で協力して行うことによって、個人、そして企業にどんなメリットがあるのかを明確にし、注目を集めています。後半は、ワンオペ育児が企業に与えるデメリットを考察し、企業を変えるための秘策を伺いました。

【ワンオペ育児からの脱出法 特集】
第1回 「ワンオペ育児を変えたいけれど、変わらないと思う」7割
第2回 本音対談!なぜワンオペ問題はなくならないのか
第3回 男の甘え女の諦め、長時間労働で思考停止に
第4回 家事ほぼゼロ夫が3週間で変わった! 驚愕交渉ルポ
第5回 交渉術実践!論破不可能の「鉄壁夫」を切り崩せ
第6回 ワンオペ育児よりチーム育児で、仕事能力も上がる
第7回 ワンオペ育児の放置は、企業にとってもデメリット ←今回はココ

昭和のマインドセットを変えるには

―― ワンオペ育児からの脱却とも関わりますが、働きながら子育てをするための便利なノウハウは個人単位では蓄積されているのに、なぜかあまり共有されていかない気がします。これは、企業内の働き方改革が各企業では工夫していてもうまく広がらないのと似ていますよね?

<span style="font-weight: bold;">中原 淳</span> 東京大学大学総合教育研究センター准教授。1975年北海道生まれ。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・リーダーシップ開発について研究。著書多数
中原 淳 東京大学大学総合教育研究センター准教授。1975年北海道生まれ。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・リーダーシップ開発について研究。著書多数

中原 その通りですね。どちらも難しいところは、“やらないと分からない”ところなのです。育児って、やってみて初めて子どもがかわいくなるところってあるじゃないですか。それを経験したことのない人が上長だと、理解できずにうまくいかない状況ですよね。また、性別役割分業の意識も、いったん確立されると、とてつもなく解除に時間がかかりますね。みんなのマインドセット、信念というのは、一度インストールされるとアンインストールされにくいものですが、育児や性別役割分業なんかはその典型なんですね。世の中は変わってるのに、昭和なままのおじさんたちがいたりするんです(笑)。しかし、今は端境期だと思います。今こそ、少しずつ変わっている時期だと感じています。僕らは変化を信じましょう。

―― なぜ企業は子どもを持つ世代が働きやすい環境に、すぐ変わっていかないんでしょう?

中原 やはり感情論ではなく、数字や目に見えるもので、ステークホルダーに訴えていかないと世の中も組織も変わらないのです。いくら、「ワーキングマザーに働きやすい環境を」と言っても企業の経営者には、なかなか伝わりません。いや、伝わるといいな、と思うんですよ。個人的には、そういう世の中の声を拾って欲しいと思います。でも、正攻法では難しいこともあるのです。攻め方を見直さなければなりません。わたしたちはそこで知恵をしぼりましょう。

 まず、経営者を知ることです。経営者は、短期的に利益をあげること、組織にメリットが生じることに関心があるのです。経営者にとってもっとも大事なことは、「もうかるの?」「組織にとっていいことあるの?」ということです。それが仕事であり、役割なのだから、やむをえないところもあるのですよ。だから、企業を働く人にとってフレンドリーにするためには、経営者が気にかけるロジックに基づいて、数字を提示し、説明を行う必要があるのです。

≪次ページからの内容≫
・企業は内破しないと動かない
・「長時間労働で昇進した人」はラスボス
・数字や論理の裏付けがあることで人は納得できる
・企業に“オイシイ”働きやすさを
・「このままでは人採れませんよ、辞めちゃいますよ」
・次の世代へのキャリア教育とは