こうあるべきといった、これまでの父親像に縛られることなく、それぞれの家族にとって最適なカタチを模索しつつ、妻と共に自分らしく育児を楽しんでいる。そんなパパたちに、子育て中のパパライターがインタビューするこの連載。自身が追い求める理想の父親像とともに、育児や家族についての考え方、仕事観などについてお話をお聞きします。

 第2回は、東大大学院を出て、大手自動車メーカーでエンジニアとして働くも、育休取得後に退職して現在は翻訳業などを生業とする自営業型兼業主夫となった堀込泰三さん。多くのメディアにも取り上げられている「秘密結社主夫の友」のCEO(ちょっと・エグゼクティブな・お父さん)だ。東大卒のエリートながら、妻の仕事を優先するために大企業を退職し、兼業主夫として働く堀込さんのご自宅にお邪魔しつつ、家事・育児の様子を拝見しながらお話を聞きました。

主夫となって、名もなき家事も担当

── 東大卒で同大学院を経て某大手自動車メーカーでエンジニアとして働くも、妻の仕事を優先して育休取得後に自ら兼業主夫になったということで、かなり多くのメディアで取り上げられていますが、どう感じていますか?

堀込泰三さん(以下、敬称略) 自分が何か特別なことをしているつもりはないんですけどね(笑)。自分たち家族にとって何が幸せなのかを最優先に選択しているうちに、こうなったという感じですね。

── まずは、家族構成をお教えいただけますか?

堀込 妻1人と息子2人の4人家族です。長男は現在小学5年生の10歳で、次男は保育園の年長さんで6歳になります。次男は来年小学校に入学ですが、長男はすでに学童を終了しているので、学校が終わるとすぐに帰宅します。学童に通っているころは帰宅時刻は固定だからあまり気にしたことなかったんですけどね。今は長男の日によって変わる下校時刻に合わせて行動しないといけない。時間割を見て、今日は下校時刻が早いなあとか。

── 兼業主夫ということで、家事は奥さんとどのような分担になっていますか?

堀込 長男が生まれる前からのことで、結婚した当初から料理系は僕のほうで、掃除と洗濯は妻が担当。それが、長男が生まれた後もそのまま続いていて、さらに、子育てに関することは全部、僕のほうが担当しているという感じ。そういう意味では、家事・育児の負担は半々ですかね。

 とはいえ、最近、話題になっている「名もなき家事」はこっちの負担が多いと思います。

── 名もなき家事ってなんですか?

堀込 見落としがちだけれど、けっこう大事な家事のことですね。例えば、トイレットペーパーの補充だとか、調味料の補充とか。夫からすると家事だとは思われていないけれども、妻からするとけっこう大事な細かいこと。もっと言えば、毎晩、帰宅すると冷蔵庫でビールが冷えているのは、誰のおかげなのかというようなことですね。

── 料理は長男が生まれる前から堀込さんが担当していらっしゃったんですね?

堀込 そうですね。妻はほとんど厨房に入ったことはないです。やればできるんでしょうけれど、料理は僕がするものと決まっています。保育園の行事で遠足とか運動会で弁当を作るというときも、当たり前のように僕が作ります。

 次男の保育園の送り迎えもすべてこっちでやりますし、熱が出たとか小児科へ連れていくときなども、すべて僕のほうで担当しています。これも名もなき家事の一つでしょうけれど。

堀込泰三さん 主体的に家事・育児をする夫を増やそうと活動を続ける「秘密結社主夫の友」CEO。現在は在宅で翻訳業をしながら2人の息子を育てる“兼業主夫”。東大大学院を修了後、大手自動車メーカーでエンジンの開発職として携わり、長男誕生時に2年間の育休を取得。育休中は専業主夫となる。育休終了後、家族を米国に残して復職するも家族と一緒に暮らすために退職し、兼業主夫に。多くのメディアで翻訳記事を執筆している。著書に『子育て主夫青春物語』(言視舎刊)がある。

2人とも仕事を辞めないために

── 現在、堀込さんは翻訳業などをフリーランスとして生業としながら“兼業主夫”として生活していますが、改めて、兼業主夫になるまでの流れをお教えいただけますか?

堀込 2006年に結婚したのですが、結婚してすぐに順調に子どもを授かって。妻の妊娠が分かったときに、妻のほうが育休を取得できないかもしれないという話になったんですね。それで、「じゃあ、僕が代わりに2年間、育休を取得しよう」ということになったのがキッカケです。

── 10年前は、男性は育休を取得するのは難しい状況だったのではないですか?

堀込 10年前ですからね(笑)。なかなか上司が理解してくれないと言いますか……、理解できる範疇を超えていたみたいで(笑)、ものすごく心配してくださいました。入社当初からずっと上司だった方なので、僕が2年間、育休を取得したいと相談したところ、「いったい、お前の人生設計はどうなっているんだ?」とか、「男が2年間も休んでどうするんだ?」と(笑)。

 それは、嫌がらせだとか、僕の考えに異を唱えるとかそういうことではなく、気に掛けている部下がワケの分からないことを言うので、本当に心配してくださったという感じでした。

── 奥さんが育休を取得できないなら、自分が育休を2年間取得するとなったのはなぜですか?

堀込 当時、妻は遺伝子関連の研究者だったのですが、仕事は1年契約で毎年、更新するといった非常勤のような感じでした。なので、育休の取得期間が年度をまたぐと、当時の仕事のポジションを確保するのが難しい状況だったので、2年間の育休を取得するのは難しかったんです。

 そういう環境のなかで、妻は絶対に仕事を辞めたくないんだろうなあということを、ちゃんと話をしたわけではないけれど、分かっていた。じゃあ、2人とも仕事を辞めないで乗り切るためにどうすればいいのかと考えた末、制度が充実している僕のほうが育休を取得すればいいのではないかと。大げさなことをするつもりもなく、普通に考えて、これがベストの選択だろうということで決めました。