ブラック企業で起きた「ワンオペレーション(一人作業)=ワンオペ」問題になぞらえて、育児や家事を一人で背負っている状態を、いつしか「ワンオペ育児」と呼ぶようになりました。「男は仕事」「女は家庭」という価値観は過去のものとされ、当たり前に育児や家事をこなす夫は増えている反面、「ワンオペ育児」に悩み、仕事と育児、家事の両立で疲弊し切っている妻もまだまだたくさんいます。この特集では、実例や専門家の取材を通じて、ワンオペ育児の実態や、ワンオペ育児がなくならない理由、解決策などについて多角的に掘り下げます。

 前回に引き続き、今回はワンオペ育児からの脱出法を具体的に探ります。「夫と交渉するのが何より面倒くさい」「話し合うこと自体がストレス」などの本音が聞こえてくるものの、諦めないことで、少しずつワンオペ育児を解消しているケースもあります。ただ、せっかく労力をかけるなら、ちゃんと成果を出したいもの。実際にワンオペに悩む女性が、「ウィンウィンWin-Win交渉術」を提唱する交渉トレーナーの小早川優子さんにアドバイスをもらい、交渉術を3週間実践しました。さて、夫は変わるのでしょうか。

【ワンオペ育児からの脱出法 特集】
第1回 「ワンオペ育児を変えたいけれど、変わらないと思う」7割
第2回 本音対談!なぜワンオペ問題はなくならないのか
第3回 男の甘え女の諦め、長時間労働で思考停止に
第4回 家事ほぼゼロ夫が3週間で変わった! 驚愕交渉ルポ
第5回 論破不可能の「鉄壁夫」を切り崩せ 交渉3週間 ←今回はココ
第6回 ワンオペ育児よりチーム育児で、仕事能力も上がる
第7回 ワンオペ育児の放置は、企業にとってもデメリット

「専業主婦になれればどれだけ楽だろう」と何度も思った

里佳さん(仮名)・・・30代、正社員・時短勤務中、夫30代、金融系企業勤務 子ども2人:4歳、2歳

現在の悩み

 家事は私10:夫0。夫は、料理や片付け、掃除など家事能力はある。能力はあるけど仕事で忙し過ぎるのと、「家事は妻の役割」と思っているので手を出さない。育児も私は10:0だと思っているが、夫は週末に子どもと遊ぶので、完全なゼロだとは思っていないかも。遊ぶといっても、公園には連れていってくれず、家の中でテレビを一緒に見ているだけ。家族全員で出かけたら、それなりに遊んでくれる。

小早川優子さん(以下、小早川) 夫さんは、金融系でかなりお忙しいのですね。

里佳さん(以下、里佳) はい。夜帰宅するのは、早くて22時〜23時、遅いと零時を回ります。平日は、家事はもちろん、子どもとも全く関わりがないです。

小早川 家事育児の分担について話し合ったことはありますか。

里佳 あります。でも夫は、「仕事が大変で家事育児ができないなら、働き方を変えろ」と私に言うんです。妻は社会に出てもいいけど、家のことはちゃんとやって、そのうえで「趣味程度で働いて」と。さらに、「今の会社で社長になる意気込みで働いているなら俺も考えるけど」とも言われます。

小早川 専業主婦の妻に、自分の仕事を全力でサポートしてほしい、というタイプなんですね。

里佳 要は、仕事をしてもいいけど、家事・育児に影響が出るのはNGというスタンス。夫は、「俺は結婚したときからそのスタンスは変わってない」と。彼は、家のローンも含めて、人生の長期的なマネープランをちゃんと組んでいるのですが、妻の稼ぎはほんの少ししかそこに計上してない。

 「専業主婦になればどれだけ楽だろう」とも何度も思ったけど、自分が専業主婦になるイメージはどうしても描けない。せっかくここまで築いてきたキャリアもあるし、悔しいですよね。結果、一人で頑張るしかないのが現状です。この状態が続くと、体もきついし、心も病んでくる。実際、何度かパンクしました。私が倒れたら、すべてが回らなくなって、子どもに影響が出るという危機感も常に持っています。

小早川 これはなかなか手強い。2~3週間でどうこうできるケースではありません。成功しても2年ぐらいはかかるかもしれません。交渉は劇薬ではなく、漢方薬。小さい交渉を積み重ねることで徐々に効いていき、最後にうまくいく、というものです。私自身も、ワンオペを解消するのに5年かけた経験があります。

夫は交渉上手、でも相手を打ち負かす“古典的な交渉”

里佳 すごく議論が得意な人で、私が何か主張しても必ず言い負かされるんです。

小早川 夫さんのほうが一枚うわ手な感じですね。夫さんは仕事でも常に交渉事をやってるのではないでしょうか。妻の性格や状況を完全に把握していて、妻がギリギリ頑張れる状況を分かってやっている感じがありますね。

 ただ、彼が行っているのは古典的な、相手を打ち負かす「ウィンルーズ(Win-Lose)」(以下、W−L交渉)です。この交渉方法は短期的にはうまくいきますが、長期的に、特に関係の近い人との間では、関係を悪化させる交渉方法です。彼が今使っている交渉方法が、家族関係を良くするには不向きであることを知ってもらうのも良いかもしれません。

 私が教えている「ウィンウィン(Win-Win)交渉術」(以下、W−W交渉)」は相手も自分も、利益を得られる交渉です。夫さんに見えるように、W−W交渉についての資料をテーブルなどに置くのも手ですね。

≪次ページからの内容≫
・大事なのは、相手が望むものを考えて与えること
・交渉術に長けた夫との長期戦に備えるには
・交渉は将棋と同じ、3手先を常に読む
・「5年後、10年後の夫婦の理想像」を突き詰めると
・「妻の愛情」を過小評価するなかれ
・果たして変化はあったのか?