働き方改革に取り組む管理職が知っておきたいマネジメントのノウハウが詰まった日経DUALの書籍『育児&介護を乗り切る ダイバーシティ・マネジメント イクボスの教科書』。本書で介護両立対策の先進企業事例として登場する花王の、人財開発部門D&I推進部・座間美都子部長に、本書収録のワークシートを実践してもらいました。

男性社員に関心を持ってもらいたいという思いも

日経DUAL編集部 御社の取り組みは「花王 介護社員の声を徹底分析、先手の支援環境づくり」の記事で詳しく紹介させていただきました。介護支援の重要性を約10年前から認識していらっしゃったそうですね。2008年に厚生労働省のデータを基に将来予測を行い、18年に6人に1人、23年には5人に1人まで増えると試算したと。

 ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さんによると、夫婦それぞれの両親が生存している場合、介護が発生する確率は50代前半で6割超、50代後半では9割近くに上る試算があるそうです。書籍の56~57ページで詳しく紹介していますが、家族に要介護者がいる社員の割合も50代後半がピーク。仕事で要職に就く管理職が介護に直面する可能性が大きいということですね。

座間美都子さん(以下、座間) そうですね。また、最近は生涯未婚率が上がっていますよね。特に女性より男性のほうが高くなっていますが、男性は総じて、自分のこと以外の要因に生活を阻害される経験がほとんどありません。そのため介護に直面したときに戸惑いもより大きいかもしれない。我々が社内で介護支援の取り組みを始めたきっかけには、特に男性社員に関心を持ってもらいたいという問題意識もあったんです。

―― なるほど。それまでいわゆる仕事人間だった男性社員は、「家庭の事情を仕事に持ち込まない」という意識が高いがゆえに苦労することもあるかもしれませんね。一つ、先行きの見えない介護で指標になりそうなのが、書籍の58~59ページに記した「介護における3パターン」です。まず、介護が発生してから数カ月で他界する短期のパターン、2つ目は4、5年続く平均的なパターン、そして3つ目は10年以上と長期にわたるパターンです。すべてのケースがこれらに当てはまるとは限りませんが、こうしたパターンがあることを知っておけば、それぞれの初期、中期、終末期にどう行動すべきかまで落とし込み、大体のグランドマップが描けそうです。

座間 まさにすべてが当てはまるとは限らないということなのですが、こういうパターンにのっとって「ここから介護がスタート」というように明確な区切りがあるケースばかりではないんですよね。初期がだらだらと始まることも多いんです。当社には大人用紙おむつブランドの「リリーフ」があって、その事業部のデータによると、心臓疾患や脳出血などで急に介護状態になるケースが4割、リウマチや認知症など色々な理由で徐々に衰えるケースが4割、不明が2割。特に、認知症は周りの家族もすぐには気づかなかったりして、通院や介護認定申請の判断をするのが難しいのが実情です。

―― それは貴重なお話です。確かに、体は元気なのに、という場合は家族も思いが至らないかもしれないですね。

座間 私たちが介護支援策を始めるに当たって、社内の介護経験者に聞いたアンケートでも、やはり最初の部分で苦労しているという声が多いです。なかなか判断がつかず病院に行くこともできなくて、そもそも初動が始められない。

―― そのあたりの実感は、社内アンケートで275人から寄せられたオープンアンサーの「生の声」が大きいのでしょうか。

座間 そうですね。それがあったから、会社としてできる対策を講じられたということに尽きます。きれい事だけ言っていられないことがよく分かりましたし、「こんなことで他の人に頼ってはいけない」といった責任感の強い人ほど苦労する傾向があることにも気づきました。ただ、やはり本人の「仕事も介護もどちらも頑張っていくんだ」「これからも親も自分もできるだけ気持ちよく過ごしていきたい」という意志みたいなものが、介護社員が前に進む一番のエネルギーになっている気がしました。

 一つ誤解のないようにと思っているのが、両立支援はこの本人の意志がベースにあることです。能力と経験のある貴重な人材はかけがえがなく、いっとき業務のボリュームが下がったとしても、今後も活躍してもらいたいと会社側は思っています。そのためにも、キャリアを生かし続けながら介護も頑張ろうとしている当事者の主体性がまず大前提にあり、会社はそれを支援するというスタンスです。そうでないと、「申請さえすれば、後は会社が何とかしてくれる」というような話になってしまいますから。

不在中、部下に何をどう委譲するのか具体的に考えるきっかけに

―― 主体的に介護と仕事の両立に向き合っていくためのツールとして、書籍では巻末に実践ワークを用意しました。ぜひ座間さんにも書き込んでみていただけますか。家族の誰かが要介護になったことを想定し、介護に参加する家族メンバーと、それぞれの役割を決めていきます。渥美さんによると、介護にコミットする方法は5つあり、頭文字をとって「てじかあこ」としています。

◆ て=手を動かす、じ=時間を使う、か=金を使う、あ=頭を使う、こ=心を動かす ◆

座間 私の両親はすでに他界しているので、地方にいる夫の父を想定してみますね。今は施設に入っているのですが、夫は一人っ子で、義父の施設近くに住んでいる義父のきょうだいが面倒を見てくれています。

―― そうすると、ご親戚の方が介護の中心メンバーで、「て(手)」のほとんどを担っている感じでしょうか。

座間 そうですね。私はたまに気を使ったりしてサポートする程度です。「こ(心)」と、あとは「あ(頭)」でしょうか。こうやって書いてみると、介護にはどういう負担がどれだけあって、誰にその負担が偏っているのかがより具体的に見えてきますね。何かをもっと引き受けたり、サポートしたりするべきだなということにも改めて気づかされます。

 それに、予測を基に計画を立てて「ヒト・モノ・カネ」を動かしていくという点では、介護も一つのプロジェクトだなと。限られたリソースを得手不得手でどう振り分けるかということは、まさにビジネスに通じるものがありますし、男性にも分かりやすいのではないでしょうか。そういう考え方で各自の役割がフィットすると、みんな腹落ちしますね。家族の問題ってとかく感情が先に立ってしまいがちなので、プロジェクトとして捉えることで冷静になれるのもいいなと思いました。

―― ワークシートの2つ目の「働き方」はいかがでしょうか。終末期はみとりが近づき、会社にいられないことが増えるので、その対応策を考えてみるというものです。もし週に1回不在になるとしたら、困る業務はありますか。

座間 電話やメールなどを使って会社にいなくてもできる業務はありますが、あとは打ち合わせの回数を必要最小限に減らしたり、部下に権限委譲したりしてやっていくことになるのかなと思います。

 ただ、何をどう委譲するのか、具体的に考えていなかったりしますよね。マネジメントのノウハウはある程度研修で教わるとしても、権限委譲の方法まで具体的に触れることはないので、そういうことを考えるいい機会になりました。

(文/谷口絵美 撮影/花井智子)

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