ブラック企業で起きた「ワンオペレーション(一人作業)=ワンオペ」問題になぞらえて、育児や家事を一人で背負っている状態を、いつしか「ワンオペ育児」と呼ぶようになりました。「男は仕事」「女は家庭」という価値観は過去のものとされ、当たり前に育児や家事をこなす夫は増えている反面、「ワンオペ育児」に悩み、仕事と育児家事の両立で疲弊しきっている妻もまだまだたくさんいます。この特集では、実例や専門家の取材を通じて、ワンオペ育児の実態や、ワンオペ育児がなくならない理由、解決策などについて多角的に掘り下げます。

 前回から引き続き、日経DUAL連載『怒れ!30代』でもおなじみのジャーナリストの治部れんげさんと、著書『ワンオペ育児』を上梓したばかりの明治大学商学部教授、藤田結子さんとの対談をお届け。テーマは「ワンオペ問題はなぜなくならないのか」。共に、共働き子育てを研究対象とし、ご自身もバリバリ現役ワーママであるお二人の舌鋒鋭いやり取りから、見えてきたものとは?

【ワンオペ育児からの脱出法 特集】
第1回 「ワンオペ育児を変えたいけれど、変わらないと思う」7割
第2回 本音対談!なぜワンオペ問題はなくならないのか
第3回 男の甘え女の諦め、働き過ぎで思考停止か ←今回はココ
第4回 家事ほぼゼロ夫が3週間で変わった! 驚愕交渉ルポ
第5回 論破不可能の「鉄壁夫」を切り崩せ 交渉3週間
第6回 ワンオペ育児よりチーム育児で、仕事能力も上がる
第7回 ワンオペ育児の放置は、企業にとってもデメリット

治部れんげ 昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。経済誌の記者・編集者を務める。その間、2006~07年フルブライト・ジャーナリストプログラムで米国留学。ミシガン大学客員研究員としてアメリカの共働き子育て先進事例を調査。14年からフリーに。国内外の共働き子育て事情について調査、執筆、講演などを行う。著書『稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『ふたりの子育てルール』(PHP研究所)。小学生の息子と幼稚園児の娘の母親。

藤田結子 明治大商学部教授。慶応義塾大学文学部を卒業後、米国コロンビア大学大学院で修士号を取得した後、英国ロンドン大学大学院で博士号を取得。2011年から明治大学商学部准教授、2016年から現職。専門は社会学。参与観察やインタビューを行う「エスノグラフィー」という手法で、日本や海外の文化、メディア、若者、消費、ジェンダーなどのフィールド調査をしている。著書に『ワンオペ育児 わかってほしい休めない日常』(毎日新聞出版)、『ファッションで社会学する』(共編著、有斐閣)など。4歳の男の子を子育て中。

「クズ夫」の本音と「幸せな妻像」のダブルスタンダード問題

前編から続く>

治部れんげさん(以下、治部) ちょっと厳しめの言い方ですけど、ワンオペを変えたいけど、アクションを起こすことにちゅうちょする妻は、なんだかんだいっても「そういう夫が好き」「夫を支えたい」と思っているのかなと、思ってしまいます。

DUAL編集部(以下、――) 確かに読者アンケートでも「仕事に打ち込む夫が好きで結婚した」「夫を誇りに思っている」などの意見はありますね。

治部 ワンオペ状態ですごく苦しんでいても離婚しない、という人の中には、やはり「そういう相手が好き」という人いますよね、きっと。“トロフィーワイフ規範”じゃないですけど、そういう夫を持っていることはうれしい、という気持ちがどこかにある。

藤田結子さん(以下、藤田) これは独身の方に聞いた話ですけど、親しい友人と集まったらみんな「夫はクズ」とか言っていたのに、SNSには「うちのすてきなファミリー」みたいな投稿ばかりで心底びっくりしたと。

治部 SNSでは幸せな妻を演じてる? ダブルスタンダードですよね。見せたい像と、本音とのギャップがある。本音は違っても、外向きには「夫はよくやってくれている」と言う傾向はありそうです。

家事の負担が高くても不満に思わない日本女性

藤田 日本の女性たちは、他の国の女性と比べると、家事の負担が高くても不満を持ちにくい、という研究結果があります。日本の女性が周囲を見ると、周りの女性も家事を負担しているパターンが多いので、「みんなやってるし」と不満を持ちにくい。つまり、「みんなきっとこんなものだろう」と思っている。逆に、欧米の共働き社会では周囲も夫婦で家事分担しているから、自分だけに家事負担が偏っていると不満にも感じやすい。

治部 日本は、比較対象のレベルが低い、ということですね。

藤田 女性本人が、そもそもワンオペになっていることに気づいていなくて、「なぜ、こんなに毎日しんどいんだろう」と悩んでるケースも多いですよね。

 そして、なぜ離婚しないのかという話に戻ると、日本の場合、シングルマザーになると貧困という可能性がチラつくから、その前でとどまってしまうのでは。共働きは増えていても、女性は非正規雇用が多いので、嫌だと思っても夫に“ATM”になってもらうほうがよいと思うのかもしれません。そして「子どものため」にも離婚はしないほうがいい、と考える。

恋愛時の「魅力」が出産後は「ムカつきポイント」に

―― ワンオペで苦しんでいても、夫と一緒にいるのは、「子どものため」「“ATM”として」「誇り」「それでも好き」など、様々な要因がありそうですね。

藤田 恋愛の段階では、いい会社に入ってる、稼いでいることが魅力になる。仕事をバリバリやっている男性が魅力的に見える。でも、結婚して子どもが生まれたら、それが逆にムカつくポイントになるわけじゃないですか。優先順位が性的な魅力でなくなり、もし自分が働きたかったら、「仕事第一の夫」という点で自分が苦しむ。

 「主婦で幸せ」な妻と「ちゃんと稼げる」夫という組み合わせならいいけど、現実はそうでないカップルがものすごく多い。でも人間の感情というのは、「今こんな人を好きになってはいかん」みたいに変えられない。やっぱり、恋愛の段階で「稼げない男性が魅力的」と思える女性は少ないんですよね。若い女の子でも「すごいイケメンでも稼げない人は嫌」とか言います。

藤田結子さん
藤田結子さん

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・長時間労働が規制されても「育児ゼロ夫」は帰らない?
・何のためにおまえはそんなに働いているのか
・家庭が男女不平等の再生産装置になっている
・男の子ママへ「次世代にワンオペを引き継がないで!」
・グチを言っているよりは、自分で決めて選択を