「せっかくいい大学出てんのに」

「ねえ、美帆ちゃんのところだけどさ」

「美帆ちゃん? 誰だっけ? あっ、ああ、響ちゃんとかーくんのママか」

 うん、とうなずいてから、多香実は少し逡巡した末に切り出した。

「美帆ちゃんち、去年離婚してシングルなんだけど、なんだか生活が大変そうなの」

 秀介が急に振り返って、多香実を見る。

「パートだっけ?」

「派遣だけど、それだけだとキツいから週に何日かは家庭教師のバイトをしてるみたい」

「あー、頭いいって言ってたよな。どっかいい大学出てるんだっけ」

「うん、東工大」

 多香実が答えると、秀介は、ハッ、とひと声笑った。なぜここで笑うのか、多香実には理解できなかった。

「せっかくいい大学出てんのに、派遣だもんなあ。人生ってわかんねえな」

 頭のどこかでは多香実も同じように感じていたが、なぜか秀介の言い方にむっとした。

「美帆ちゃん、大手に勤めてたけど、子どもができて退職したんだよ。旦那さんが辞めてくれって言って」

「それで結局離婚しちゃったら、元も子もないじゃない」

 そりゃそうだけど、とつぶやきながら、多香実はなんだか不愉快だった。今日の響子と一真の様子と美帆のことを秀介に聞いてもらいたかったが、もう話す気は失せていた。さっきまでは、子どもを預けていった美帆に腹立たしい思いも多少あったが、今となっては、どういうわけか応援したくなっている。

「わたし、先に寝るね。お風呂掃除、よろしくお願いします」

 多香実はしつこく風呂掃除のことを告げた。秀介はテレビを見ながら、軽く手を上げただけだった。おそらく明日になっても風呂掃除はしないだろうと思った。