『さしすせその女たち』 今回の主な登場人物
マンションの部屋に戻ると、秀介が帰宅していた。今日は土曜だが、取引先との打ち合わせがあるということで出勤していた。
「あっ、パパ」
杏莉が秀介にかけ寄り、その声に反応して、颯太も目を開けて多香実の腕から飛び降りた。
「早かったのね、おかえりなさい」
「ああ、なんだか熱っぽいから先に帰らせてもらった」
そう言って、コンッ、とひとつ咳をする。秀介は多香実より1歳年上の40歳で、食品メーカーで営業職をしている。昨年課長に昇進し、それに伴い帰宅も遅くなった。
「子どもたちにうつったら大変だから、すぐにマスクしてね。熱は? 体温計、引き出しにあるから計ってみて」
それだけ言って、多香実はキッチンで慌ただしく味噌汁を作りはじめた。スーパーで買ってきたお弁当だけでは野菜が足りないと思い、一緒に購入したほうれん草を急いで茹でる。
「はあ? 弁当? 体調悪くて疲れて帰ってきたのに弁当かよ」
食卓に並べたものを見て、秀介が言う。
「作ってる時間がなかったのよ。今日は朝から響ちゃんとかーくんが来てたの。美帆ちゃん、仕事だっていうから預かったのよ」
それがどれほど大変なことなのかわかっていない秀介は、あー、そうですか、と不機嫌に言う。