「育ての心」には子どもに対する強要は必要ない

 ドイツで世界初の幼稚園「キンダーガルテン」を創設したフレーベル(1782~1852)は「人間のなかにある神性(筆者注:こころ)は、命令や干渉ではなく、遊びを通して発達する」と考えました。このフレーベル主義を日本の幼児教育に取り入れたのが、東京女子高等師範学校附属幼稚園(現・お茶の水女子大学附属幼稚園)で主事を務めた児童心理学者の倉橋惣三(1882~1955)です。ここでは、倉橋の名著『育ての心』から、皆さんの子育てのヒントになる文章を抜粋してご紹介しましょう。

 育ての心。そこには何の強要もない。無理もない。育つもののおおきな力を信頼し、敬重して、その発達の途に遵(したが)うて発達を遂げしめようとする。役目でもなく、義務でもなく、誰の心にも動く真情である。
(中略)
 それにしても、育ての心は相手を育てるばかりではない。それによって自分も育てられてゆくのである。我が子を育てて自ら育つ親、子等の心を育てて自らの心も育つ教育者。育ての心は子どものためばかりではない。親と教育者とを育てる心である。

 私が、アドラー子育て・親育てシリーズの第1巻で「育児」ではなく「育自」という言葉を使って「育自の教科書~父母が学べば、子どもは伸びる~」というタイトルをつけたのは、この倉橋の言葉に影響を受けたからです。「育ての心」には子どもに対する強要は必要ないのです。必要なのは、子どもの力を信頼し、敬意を持って子どもの成長発達を援助する態度なのです。

 『育ての心』のなかから、もう一節ご紹介したいところがあります。

 人生教育の全過程に対する基本として、真乎(筆者注:誠に)重要なる物は、知能の早き獲得にあらずして、生命の発展勢力の増進と統制とにある。無限の元気であり、多面の興味であり、不断の試行力であり、しかして、年齢に相応せる適度の自己統制とである。 

 皆これ、知能の成果ではなくして、生活活力そのものである。生活活力は根の力である。すなわち、就学前教育は根の教育である。根の力は、自己発展力である。すなわち、就学前教育は自己発展力の教育である。

 教育はしばしば余りに多きを求める。葉を求め、花を求め、果実を求める。換言すれば結果を求める。しかも、就学前は、未だ結果を求むべき時期ではない。結果は遠きにある。しかも自然にまつ。今はただひたすらに根の力を養うべきである。

 乳幼児期の子どもを持つ親は、子どもの将来の幸せを願えばこそ、あえて「結果を早急に求めない」ことが大切だということがご理解いただけますでしょうか? 倉橋が唱える「根の力=自己発展力」とは、まさに「勇気を持って自立にむかってチャレンジできる力」のことです。

 アドラー心理学に基づく「勇気づけの子育て」は何も目新しいはやりの教育方法などではありません。古今東西、人間の本質を捉えた教育論のベースとなる考え方であるからこそ、100年以上経ってもその理論は色褪せていませんし、また未来の科学技術や文化がどのように発展しようとも、その教えは私たちに本質を示し続けるでしょう。

<参考文献>
・アドラー 子育て・親育てシリーズ 第1巻 育自の教科書 ~父母が学べば、子どもは伸びる~(熊野英一 / アルテ) 購入はこちら 
・アドラー心理学教科書 –現代アドラー心理学の理論と技法- (監修 野田俊作 編集 現代アドラー心理学研究会 / ヒューマン・ギルド出版部)
・7日間で身につける!アドラー心理学ワークブック(岩井俊憲 / 宝島社)
・ELM 勇気づけ勉強会 リーダーズ・マニュアル(ヒューマン・ギルド)
・マンガでやさしくわかるアドラー心理学2実践編(岩井俊憲 / 日本能率協会マネジメントセンター)