「社員に求めるのはフルタイムで働くことではなく、会社のビジョンの達成に力を尽くすこと」。こうした考え方のもと、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方を推進し、地方に住む親の介護のため退職を申し出た社員にも実家での在宅勤務を提示したというサイボウズの青野慶久社長。インタビューの「下」編では、このほど発売された日経DUALの本『育児&介護を乗り切る ダイバーシティ・マネジメント イクボスの教科書』に収録している介護の実践ワークに挑戦してもらいました。

■「上」編
退職考える介護社員に「落ち着け、ここはサイボウズ」

普段からフランクに「何かあったらどうする?」

日経DUAL編集部 青野さんは介護に直面したときのことを頭の中でシミュレーションされているとのことでしたが、実際にご両親とお話もされているのでしょうか。

青野慶久社長(以下、青野) はい。愛媛にいる自分の両親には意思確認みたいなこともしていますね。例えば、万が一倒れたときには「延命措置は必要ない」と言われています。そういうことは前もって聞いておかないと、いざというときに判断できないですよね。あとは、家や資産をどうするかも話していますし、どちらかが倒れたら施設に入るということも決めてあって、「おまえらは帰ってくるな」と言われています。そこまではっきり言ってくれると、こちらも対応しやすいです。

―― 青野家はかなり意識が高いですね。家庭によっては「生きているうちに死ぬ話をするなんて!」と親が怒り出すケースもあるといいます。どうやって話を持っていったのでしょうか。

青野 サイボウズのオフィスが松山にあって、仕事で行くときは実家をホテル代わりにしているんです。そうやって時々、顔を合わせた機会に「何かあったらどうする?」くらいの感じで話題にしています。もともとそういうことを割とフランクに話す家ですね。

―― 奥様の両親とも同じように話していますか。

青野 いいえ。妻の両親とは、妻自身もそこまでは話せていないですね。どうするんだろう…。

―― そこでぜひ、今回の書籍の巻末についている実践ワークに挑戦していただきたいと思います。家族の誰かを介護することになった場合を想定し、介護に参加するメンバーと、それぞれが何を担当するかを書き込んでいきます。書籍の70ページで紹介していますが、介護はこの役割分担を決める初動がとても大切。ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さんによると、介護にコミットする方法には5つあり、頭文字をとって「てじかあこ」といいます。

◆ て=手を動かす、じ=時間を使う、か=金を使う、あ=頭を使う、こ=心を動かす ◆

 これは貢献度順になっていて、貢献度が一番の「て」の人が介護のリーダー。家族会議での発言権も持つことになります。介護に関わる家族メンバーそれぞれの欄に、これら5つのうち3つを書いてください。一人一役というわけではなく、二、三の役割を考えてみてくださいね。手を動かすのは病院に連れていったりすることのほか、ヘルパーさんを手配するのも当てはまります。頭を使うのは情報収集などです。

青野 へえ。これは面白いですね。

―― 介護するのは誰を想定しましょうか。

玉突きで自分に家事・育児のすべてが回ってくる

青野 より難易度が高いケースを考えるとすれば、妻の母かな。義父は家事をあまりしないと思うので…。介護する家族メンバーは、義父に私、妻、妻の妹…あとは両親の近くに住んでいる親類にも協力をお願いすることになると思います。

―― お義母さんが要介護となった場合、お義父さんのお世話も必要になりますよね。一人になったお義父さんのごはんを作ったり、洗濯や掃除をしたり。

青野 そうか、そうなると多分、妻がお義父さんの家事スキルを鍛えることになるんでしょうね。妻の役割は「て(手を動かす)→父教育」と

―― ちなみにこの介護プロジェクトは、奥様が中心になりそうですか?

青野 妻のお義母さんの介護なので、そうでしょうね。あるいは義父か。僕は性別も違うし、直接手を動かすというよりも、時間やお金、頭を使うことになるのかな。

 あれ、でも妻がメーンで介護にコミットするとなると、子どもたちの世話はどうなるんだろう…。

―― そうなんです。奥様が不在の間は、玉突きで家事・育児がすべて、夫である青野さんのところにやってくるわけです。青野さんの役割は「て(手を動かす)→育児」

青野 そうか、玉突きか! そこまでは考えていませんでした。

―― 最近は子どもを持つ年齢が遅くなっているので、50代でも介護と育児のダブルケアというケースがあり得るんですよ。それに気付かず、いざ介護が起こったときに「こんなに影響が大きいとは思わなかった」となってしまう。

青野 本当ですね。自分のシミュレーションが浅かったことに気付きました。一番大変になるパターンを想定してやるのはいいですね

自分の仕事の棚卸し、洗い出しをした結果、2つに絞られた

―― 介護初期の体制づくりに続いて、終末期の働き方の見直しについてはどうでしょうか。みとりが近づくと、会社にいられない時間が増えるので、そのときに仕事をどうするか。サイボウズは日ごろから場所にとらわれない柔軟な働き方が浸透しているとのことなので、あまり必要ないかもしれませんが。

青野 私は今も結構、子育てで時間のやりくりはしています。5歳の次男が発達支援センターに通っていて、明日も会社を抜けて連れていく予定です。子ども3人の世話が全部僕に回ってくるとなると、何かない限り、物理出勤はしない形になるでしょうね。あとは遠方への泊まりがけの出張や講演もできなくなるかな。

 働き方の見直しということでは、3人目の子どもが生まれたばかりのとき、上の2人の面倒を私が全部見なければいけなくなって、業務に費やせる時間がピーク時の半分くらいしかなくなったんですね。それで一度仕事をすべて棚卸しして、自分じゃないと絶対できない仕事を洗い出したんです。

 そうしたら数十個ある仕事のうち、私だけがやる仕事って2個くらいしかなかった(笑)。一つは意思決定することで、もう一つは会社の価値を浸透させていくこと。これってどちらもあまり時間のかかるものではないんですよね。ただし、一瞬のうちに行う意思決定も、絶対に間違わず、最高のものにする必要がある。そのときに、仕事は量より質、時間はそんなにかけなくてもいいということに気付きました。

―― そのお話は、青野さんが社長だから「会社」の意思決定ですが、管理職レベルだったら「部」や「局」に言い換えられますよね。イクボスとしてとても参考になるノウハウだと思います。

青野 作曲家で例えると、曲を量産するタイプと、ミリオンセラーを1曲だけ書く人とでは全然プロセスが違いますよね。限られた時間で物量勝負の価値の出し方をしていたら負ける一方。量の戦い方から質の戦い方にかじを切らなくてはいけないわけです。

―― 育児や介護など様々な理由から制約のある働き方が増えていく中で、組織の力を落とさずに業務を回していくための鍵もまさにそこにあると思います。

青野 それにしても、妻の母の介護はシミュレーション不足でした。この本はいろんな発見があっていいですね。社内で読み合わせをするといいかもしれない。家でも妻と一緒に読もうと思います。

(文/谷口絵美 撮影/花井智子)

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