大田区の歯科医院で30年以上にわたり子どもたちの歯科診療を行ってきた倉治ななえ先生に、歯並びをよくする方法をお聞きするこの連載。歯並びというとまず真っ先に連想する「矯正装置による治療」ですが、そのお話はまだ出てきません。噛み合わせの種類と程度、時期によっては、装置を使って歯並びを変えていく矯正治療が必要になります。でも、実は矯正装置を使う治療の前段階として、家庭で気を付けたいことがいくつかあるのだそう。そこで今回は、生活の中でできる歯並びをよくする方法についてお話を聞きました。これらの注意は、矯正治療中の患者さんにとっても当てはまるので、ぜひ参考にしてください。

歯並びをよくする要素の「ピラミッド」。底辺を支えるのは鼻呼吸

 大人とは違って、子どものあご、全身の骨格は非常に柔軟です。そしてまさに成長・発育過程にあって、サイズが大きくなるだけではなく、形や機能も変わっていきます。だから、年齢や歯並びの種類・傾向から、今すぐ矯正する必要がある場合とそうではない場合があります

 また、日々刻々と成長する骨格・体だからこそ、生活の中で気を付けることで変えていくこともできます。もし、矯正装置を使うことになったとしても、プラスして歯並びにいい生活をすればそれだけ矯正の効果も表れやすくなる、ということにもなります。

 歯並びをよくするために気を付けたい一番のベースとなるのは、まず呼吸です。歯並びをよくする要素をピラミッド状に並べてみると、一番ベースになって底辺を支えるのが鼻呼吸次にむし歯ゼロを目指すこと、そしてよく噛むこと、正しく飲み込むこと(嚥下)、さらには悪い癖を放置しないこと、という具合に上に積まれていきます。

 本来、正しい呼吸は口を閉じてする鼻呼吸です。鼻はウイルスや細かいほこりなどが体内に直接入るのを防ぐフィルターにもなり、適度な湿度で加湿し温めた空気を肺に送り込むことができるからです。このことが全身の健康につながることは確かですが、それにプラスして口をしっかり閉じて鼻で呼吸することは歯並びを整える条件にもなります。

 歯は、唇や頬など歯を外から包む組織と、歯を内側から支える「舌」の力がプラスマイナスゼロとなり、外側からも内側からも押されない位置に並びます。唇を閉じるには、口輪筋という上下唇の周囲をドーナツ状に囲む筋肉を使わなければ閉じられません。ところが、なんらかの理由で、上下の唇が閉じない状態(口呼吸など)が長く続くと、舌の力だけが働いて、オープンバイト(開咬・かいこう)につながることがわかっています。(連載第1回の「不正咬合の代表的な種類を知っておきましょう」もご覧ください)通常、奥歯だけが噛み合っていて、前歯が噛み合わない状態をオープンバイト(開咬)と言います。

 オープンバイトの原因は、すべて解明されたわけではありませんが、口呼吸のほか遺伝や指しゃぶり、「舌を出す癖」などがあると考えられています。「舌を出す癖」というのは、物を飲み込むときや発音するとき、眠っているときなどに歯と歯の間に舌を挟んだり、発音するとき舌を出したりするなどのことです。

 オープンバイトを治すには、まず口呼吸をやめる必要があります。「口を閉じないだけで歯並びが悪くなる?」と思われるかもしれませんが、呼吸は1日に2万~3万回近くも繰り返されます。意識して口を閉じることで、口の周りの筋肉は鍛えられます。口を閉め、鼻で呼吸ができるようになったら舌を正しく使うトレーニングをすることで、オープンバイトの進行を遅らせたり、予防したりすることにもつながって、歯並びがよくなる可能性が出てきます。

 ちなみに、オープンバイトは通常、特定の奥歯しか噛んでいないため、放っておくと、噛んでいる奥歯ばかりに負担がかかり、そこからまず歯が傷み始め、奥歯の治療を繰り返すことになります。にもかかわらず噛むことに参加していない前歯は健全なまま、という非常にアンバランスな状況に。当院に通院しているオープンバイトの患者さんからは、「大人になってこれほど苦労をするなら、子どものころに矯正をしておけばよかった。自分のカルテを見せてもよいから、このつらい経験を小さな子どもたちに話してあげてください」とメッセージをいただいているほどです。「うちの子、いつも口を開いているわ」と気づいたら、鼻疾患の可能性もあるので耳鼻科医の受診をすると同時に、口を閉じるようにさせて、早めに歯科医の健診を受けましょう