バリバリ働く管理職が、人知れずシビアな介護をしていた
「2015年の春に40代を中心とした管理職10人ほどに集まってもらって、介護をテーマにした座談会を開きました。そうしたら、本部でバリバリ働いているような人がプライベートではシビアな介護をしていることや、かつて介護を理由に退職を考えたりしていたことなどが分かったんです」。三井住友銀行(以下、SMBC)人事部ダイバーシティ推進室の金子元気室長代理は、同社の介護支援強化のきっかけについてこう話す。
SMBCは日経DUALが実施した「共働き子育てしやすい企業2016」の第7位にランクインするなど、家庭と仕事の両立を支援する環境づくりに力を入れてきた会社だ。しかし育児と違い、介護との両立は本人が言わなければ、周囲からは当事者かどうかが分からない。そこで、まずは実態を把握すべく、全行的なアンケートを実施した。
その結果、実際に介護に従事している人は全体の数%だが、ほぼすべての従業員が「介護に対し不安がある」と回答。介護に直面したときに、「仕事を継続できるか分からない」もしくは「仕事を継続できない」と答えた人も多かった。一方で、社内外の介護支援制度を理解している人はわずか。この結果をふまえ、まずは行内の支援策を周知し、「介護リテラシーの向上」を目指すことにした。
元来、銀行は基幹職のほとんどを男性が占め、その妻は専業主婦というケースが圧倒的に多かった。今の管理職世代はまだこのケースに当てはまるが、30代以下の若手世代は共働きのほうが多い。加えてきょうだいも少ないため、将来この世代が組織の中核を担うようになる時期は、より介護に直面する可能性が高くなり、影響も大きくなることが予想された。
ハンドブックやセミナーを通じ「介護リテラシー」を向上
情報提供のツールとして、2016年6月に「キャリアと介護の両立ブック」を全従業員に配布した。会社の支援制度の「目的」と「利用例」、同居介護と遠距離介護それぞれの両立の具体例、介護の対象となる家族の状況把握チェックリストなどを1冊にまとめたものだ。
支援制度については、以下の拡充策を2017年1月の法令改正より前倒しで実施した。
勤務形態も、両立に柔軟に対応できるよう以下のような制度を用意している。
また、2015年からは外部講師を招いた介護セミナーも年に2回実施。家族も参加できるよう土日開催とし、冒頭では役員が登壇して、経営陣として介護支援拡充の姿勢を明確に打ち出した。行員向けの介護情報サイトでは、セミナーの模様も視聴が可能だ。
当事者が1人で抱え込まない環境づくりをマネジメントに指示
SMBCでは「仕事との両立」ではなく「キャリアとの両立」とうたっている。そこには、「会社を辞めないことはもちろん、介護のために望むキャリアを諦め、業務負担が軽いところに異動させてもらう、というふうにはなってほしくない」(ダイバーシティ推進室の高阪亜弓室長)という思いがある。
介護のために制限のある働き方をしていたら、やりたい仕事から外されたり人事査定に響いたりするのではないか――。「介護が不安」という声の背景には、そういった思いも少なからずあると想像された。だが実際のところ、人事の評価軸は「働く時間」ではなく、介護休暇や短時間勤務を利用しても、決してマイナスにはならない。
こうした不安を取り除くためには、マネジメントの役割が重要になってくる。支援策は制度そのものよりも運用や管理職の教育にかかっているということは、同行でも育児との両立支援で経験済み。新任管理職向けに行っている研修ではこれまでダイバーシティに関して育児との両立をメーンに扱っていたが、一定の理解が進んだとして、今後は介護支援に時間を割いていくことにした。
「介護従事者が一人で抱え込み過ぎないよう、言い出しやすい環境づくりをしてほしいとマネジャーにお願いしています。介護との両立に伴う変則的な勤務体系は周りの協力がないと成り立ちません」と高阪さん。ひとくちに「両立」といっても、支援が必要な人が100%分かる育児と、可視化されづらく抱える事情も様々な介護を同じように考えないでほしいということも伝えるようにしている。
管理職の両立事例が「キャリアを諦めなくていい」とうメッセージに
「介護とキャリアは両立できる」という認識を浸透させるためにもう一つ力を入れているのが、事例の共有だ。4半期に一度発行しているダイバーシティをテーマにした行内誌では、両立を実践中の管理職従業員に役職と顔写真も公開する形で登場してもらった。
「コアな業務に携わる人が介護と仕事を両立している姿は非常にリアルで説得力があります。ただ実際のところ、当事者でないと積極的に目に留める人は多くありません。こうした情報発信を地道に続けていくしかないと思っています」(高阪さん)。
なかなか自分事になりにくいのが介護なら、何も準備できていない状態で直面したときに生活への影響が大きいのもまた介護。実際に、少なからず介護問題を意識し始めている40、50代より、心構えができていない20、30代の若手のほうが、親が病気で急に倒れたりしたときに退職を選ぶケースが多いという。
また、優秀な人ほど頑張る傾向があるため、ギリギリまで周囲に話さず、いよいよにっちもさっちもいかなくなっていきなり、「退職します」ということになりかねないという危機感もある。こうしたことが起こらないためにも、さらに行内の両立事例を幅広く集めて見える化し、「SMBC流の両立モデル」の浸透、定着を図っていくことが今後の目標だ。
(文/谷口絵美)