昭和の始めごろから女性社員によるマーケティング研究部門が組織されるなど、ダイバーシティという言葉が世に出るはるか前から、女性の力を事業に生かしてきた花王。仕事と育児の両立支援や男性の育児参加支援といった課題にも先進的に取り組み、2010年からは経営理念の中で「ダイバーシティから生まれる活力が事業の発展を支える」と明言しています。仕事と介護の両立支援についても、早くからその重要性を認識。介護の当事者が本格的に増える10年先を見据えた、息の長い支援環境づくりを行ってきました

2018年は社員の6人に1人が介護の当事者に

D&I推進部の座間美都子部長
D&I推進部の座間美都子部長

 花王で介護支援への本格的な取り組みが始まったのは2008年。育児との両立支援については一定の効果が見られ、次のステップとして「介護の問題は大丈夫だろうか?」という意識が社内に生まれたという。

 厚生労働省のデータを基に、どれほどの社員が介護の責任を負うことになるのか試算してみたところ、2008年時点では12人に1人いると推測され、18年には6人に1人、23年には5人に1人まで増えることが判明した。急いで対策を講じなければいけない問題であることが分かったものの、「介護は育児支援と違って実態が見えにくい。1990年代前半には1年ほど休職できる制度も入れていましたが、ほとんど使っている人がおらず、制度として十分なのかどうかも分かりませんでした」と、D&I推進部の座間美都子部長は振り返る。

 ちょうどそのころ、共済会が介護見舞金の制度を導入していたことから、見舞金を申請した社員に対して2009年にアンケートを実施。275人から回答を得た。社員自身が主たる介護者というケースは1割弱だったものの、介護の負担が重いと感じている人は4割近くおり、サポートする立場であっても介護はかなりの負担を感じさせるものであることが分かった。

オープンアンサーで分かった介護現場の実情

 とりわけこのアンケートで最も有益だったのが、オープンアンサーに寄せられたリアルな「声」の数々だった。

 「毎日、認知症の親の家を訪ね、薬や食事をちゃんと取ったかゴミ箱までチェックしている」
 「言っていることがむちゃくちゃだが、我慢しなくてはいけない」
 「頑固な性格で、外のサービスを頼みたくても本人が勝手に断ってしまう」
 「親が職場に何度も電話をしてきて困るが、上司に事情は話せない」……。

 こうした回答を一つ一つ丁寧に読み込んでいくことで、社内で介護に向き合う人たちの状況が臨場感を持って浮かび上がってきた。「予想外のことも分かりました。例えば、要介護認定が重くなるほど介護の負担も増すと思っていましたが、むしろ使えるサービスが増えたり、介護に習熟してきたりするので、必ずしもそうではない。逆に初期のほうが分からないことが多くて戸惑うなど、いろんな苦労があるようです」(座間さん)。アンケートの回答者のうち14人とは直接面談して、個別に約1時間のヒアリングも行った。

 こうして集まった声から、介護の当事者が抱える課題を「心理的負担」「時間的負担」「経済的負担」に分類。それぞれに対し、例えば心理的負担に対しては社内や社外に相談窓口を設ける、時間的負担に対しては柔軟な働き方で軽減していくといったように、会社としてできる対策を講じることにした

当事者が主体的に動き、それを会社がどう支援していくか

 支援全体の方針としては、「介護の当事者が本格的に増える10年後にきちんと対応できているよう、今から支援策を強化し、風土醸成に努めること」を目標に定めた。その前提となるのが「介護は自助努力が基本」という考え方。「介護は個人の問題で状況も様々であり、会社が何でもやってくれると考えるのは違うと思います。あくまで当事者が主体的に動き、それを会社がどう支援していくかということです」と座間さんは説明する。

 具体的には「自助努力に対する支援=基本的な知識や相談窓口の提供」と、「介護と仕事を両立しやすい環境の整備=誰にでも起こり得るという共通認識を持ち、周りに相談しやすい雰囲気づくり」という2方向からアプローチしていった。

 まず初めに行ったのが、全国の事業所での介護セミナー。社外講師を招き、現在も毎年3、4カ所の事業所で継続的に開催している。また、イントラネット上では年に1回、全社に向けて介護に特化した啓発ニュースレターを発行。支援制度の周知徹底を図っている。

社員の生の声を受けて完成した介護ハンドブック

 2013年に作成した「介護ハンドブック」は、企業における同様の取り組みの先駆け的なものだ。社内で検討を重ねたコンテンツはほぼオリジナルで、初めて介護に向き合うに当たっての心構えに始まり、社内外の支援制度や相談窓口、ケアプランの作成方法やケアマネジャーとの付き合い方などを網羅。介護に直面する前に把握しておきたいポイントも紹介するなど、全社員が介護の入門書として使える実践的な内容になっている。

 「こうしたハンドブックを作れたのは、やはり社内アンケートの力が大きいです。世の中の流れがこうだからということではなく、社内の275人の生々しいオープンアンサーを全部読み込んで分析したからこそ、『これが絶対必要だ』と思って支援策に取り組み続けることができたんです」と座間さんは力を込める。

 なお、介護支援のノウハウは社会で広く共有すべきものという考えから、厚生労働省がホームページで公開している両立支援実践ツールにも、ハンドブックの情報を提供している。

介護の当事者と会社がウィンウィンになれるような環境づくりを

 両立を支える環境の整備では、マネジャー研修の際に介護をテーマに取り上げている。「そもそものところでプライベートなことを聞いてはいけないと思っているマネジャーもいるので、『ちゃんと聞ける関係をつくるべきですよね』という話は必ずしています。経験豊富な人が仕事を離れるのは会社にとっても損失であり、本人も仕事があることで介護が頑張れる部分もある。ぜひウィンウィンになろう、と伝えています」(座間さん)

 各事業所にいる人事担当者向けの「介護相談対応マニュアル」も、同社のきめ細かい対応の一つだ。人事担当は育児との両立相談には慣れていても、介護についてはあまり経験がない。相談に対して適切な対応が取れなかったことで退職につながってしまうような事態を避けるために、「1次対応窓口」として必要最低限の情報をマニュアル化。併せてワークショップも2012年と14年に開催した。

 こうした支援策の効果については数字で測ることは難しいが、介護を理由にした退職者が大きく増えることはなく、短期の介護休暇を活用しながら仕事と両立している人が増えているという。時短勤務や半日だけ在宅勤務といった柔軟な働き方によっても多くの人が助けられ、両立しやすい風土醸成もある程度できていると感じているが、「まだ満足できるレベルではない」と座間さん。

 「介護はあってほしくないことだから、自分が困ったときでないといくら情報発信してもなかなか心に刺さらない。こちらもマンネリ化しないよう努力しながら、常に言い続ける必要がある。それが10年近くやり続けてきた結論です」

(文/谷口絵美)

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