幼少期よりも常にイライラしている思春期の育児が一番大変!
―― 最後に、今まさに子育て中という読者の皆さんにアドバイスをお願いします。
藻谷 うちの夫はとても協力的で、最初の子が産まれたときから育児も家事も半分はやるというスタンスだったこともありますが、いわゆる幼少期よりも思春期が一番大変だったと思います。
小さいころは、洗い物が多かったり、それぞれの子どもが主張してくるので、それぞれの話を聞き続けたりと忙しいですが、10歳を過ぎてからは、人間として向き合うという意味で大変になってくる時期だと思うんですね。着替えも食事も1人でできるようになりますが、10代前半の時期、人として成長していく時期に関わるのが一番難しいというのが振り返っての感想です。
思春期って、とにかく子どもがイライラしているんですよね。それに対して、親も更年期でイライラしていたら逆効果。「クソババァ」と言われても、動じずに受け流すくらいでないと持ちません。対応を間違えると大変なことになってしまう可能性もありますし、冷静な心が必要です。
でも、これは当時を振り返っての感想であって、私自身も渦中にいるときは毎日イライラしていて、自分を抑えるのに必死だったと思います(笑)。今思えば、相手を否定せずにはいられない時期なのでしょうね。相手を攻撃しないと、自分を保てないのかもしれません。
―― そんな思春期を経て、上2人のお子さんは大学に進学、一番下のお子さんも高校生になっていますよね。今改めて、約15年前の決断をどう振り返りますか?
藻谷 田舎で暮らしていると、本当にのっぴきならない人間関係に直面するんですね。都会と違って狭くて深い繋がりがありますし、決して切ることができない。これは良くも悪くもですが、逃げられません。相手の良いところも悪いところも全て分かった上で付き合っています。
ただ、実はそういう付き合い方は大人になってからも重要で、夫婦間や義理家族との関係もそうですし、例え大きな会社に就職したとしても、日々の仕事は数人のチームで動くことも多くて、のっぴきならない関係の中で進めていかなくてはならないわけです。今後、社会に出て相手の悪いところも認めながら多面的に見ることができる、相手を受け入れるという人間関係を学べたことも良かったのかなと思いますね。
私は、都会にいたら中学受験に巻き込まれてしまう。それが嫌なので、田舎に引っ越したんです。もし都心部に残っていたとしたら、やっぱり子どもなりに疑問を持ったと思うんですね。「周囲はみんな塾に通って中学受験をするのに、どうして私は受験をさせてもらえないの?」と。でも、長野に移住したら中学受験という選択の余地はなく、周囲と一緒に地元の中学校に進んで、県立高校に行ったわけです。
たとえて言うと、田舎での子育ては、子どもたちが通学に使う「しなの鉄道」と同じで、1時間に1本か2本しか電車が来ない。時間がゆったりと流れているんです。でも、都会での子育ては小田急線みたい。最初から特急に乗って箱根まで行くという選択もあるし、急行も準急も各駅停車もある。途中で乗り換えるときに、どこで抜かれるのか、どっちで行ったほうが早いのか、気にしますよね。それと似た感覚だと思うんです。
今、若い世代の価値観はどんどん変わっているようで、教育や生活環境を理由に田舎に引っ越す家族も増えていますよね。私たちは、田舎で子育てするために、夫婦ともに自営業になって、同じ仕事を田舎でもできるようにしました。そこまで不退転の決意で、田舎で子育てをすると決めた訳なのですが、最近はもう少し色々な意味で移住しやすい環境にあると思います。行政の支援も増えていますし、コワーキングスペースなども新たにできています。私のようにインターネットで紅茶を販売するようなビジネスの場合、オフィスが海浜幕張でも長野県でも関係ないんですよね。
私たちが暮らしている地域は、新幹線の最寄り駅まで車で30分、新幹線で1時間半ほどなので、必要があれば2時間ほどで東京に出ることも可能です。昔よりもテレワークという選択をしやすい時代ですし、同じような決意があって悩んでいるご夫婦には、勇気を持って行動してほしいと思います。
(撮影/鈴木愛子)