小学校時代の同級生との出会い
—— 読みきかせの会は、昔からのお仲間とずっと続けてこられたと聞きました。どういう経緯で、タッグを組むことになったのでしょうか。
中井貴惠さん(以下、敬称略) 東京に戻ってからもずっと、読み聞かせに音楽を入れてやりたいなあと思っていましたが、誰か知り合いに一緒にやってくれそうなピアニストがいるわけでもない。時だけが過ぎていったのですが、ある日、小学校の同級生だった女性が私の家を訪ねてきてくれたのがきっかけです。
聞けば、自宅のすぐ近くの幼稚園で母の会の会長をやっていて、私に子育てについての講演をしてくれないかと頼んだんです。そこで、講演よりも、音楽を入れて絵本の朗読をしたいと言ったところ、「私、ピアノ弾けるわよ」って(笑)。それが、今でもピアノを担当している荒井泰子さんとの再会でした。
彼女はピアノが大好きで音大への進学を希望していましたが、お父さんが高校生のときに亡くなってしまったため断念したそうです。しかし、社会人になってからもピアノは毎日、3~4時間弾いているというつわものなんですね。「じゃあ、ちょっとこの絵本読んでみて」と、『つりばしゆらゆら』を渡したら、その1週間後に読み聞かせのためのオリジナル曲を書いてきてくれたんです。それが、どの曲も本当にステキだった。あっという間に、音楽とお話が完成したんです。
そこで、音楽とお話だけでは子どもが最後までジッとして聞いてくれないかもしれない。絵を見せたほうがいいだろうという話になって、思い浮かんだのが次女が通っている幼稚園のママさんでした。バザーなど、幼稚園のイベントがあると、そのポスターを園からの依頼で描いている人で、聞けば「絵は大きければ大きいほど得意で、夢は銭湯の壁に大きな富士山を描くことだ」っていう人だったんですよ(笑)。
それが、今も大型絵本を作っている、平野知代子さん。平野さんの目の前でお話と音楽を披露したところ、これまた1週間後に大型絵本を作ってくれました。結局、その絵本は大き過ぎて、めくれないことが判明したのでボツになりましたが(笑)、その後、1ページが畳一畳分くらいのサイズの大型絵本を完成させました。そして、大型絵本をめくる係に、平野さんの妹さんも加わって、4人で始めることになりました。
—— たまたま、うまい具合に役者がそろったという感じですね。
中井 荒井さんなんか、小学校3年生のときに転校してしまったので、それ以来会っていなかったわけですし、平野さんも絵が上手なことは知っていても個人的に付き合いがあったわけでもありません。それでも読みきかせの会をやりたいという思いだけでつながっていったという感じですね。最初は手探り状態で始めたのですが、2人は普通のママなんですけれどプロに負けないくらいの実力があった。そして、とても仕事の早い人たちだったんです。
スタート時は、近所の幼稚園や私の娘が通う幼稚園や小学校などで公演するという感じでしたが、ある日、その活動を新聞に取り上げていただいたことでファクスが殺到。今みたいにウェブで希望する学校などに応募していただくといった形ではなかったので困惑しました。今では、学校の夏休みや冬休みなどの長期休暇をのぞく平日の2日間に活動をしていて、年間70~100公演くらいをこなすようになっていきました。