『さしすせその女たち』 今回の主な登場人物
「えっ?」
テーブルの上に積まれたみかんの皮を見て、多香実(たかみ)は思わず声を出した。
「響ちゃん、おみかんすきなんだってえ」
多香実の表情からなにかを読み取ったのか、娘の杏莉(あんり)が言う。
「響ちゃん、おみかんいくつ食べたの?」
多香実がたずねると、響子(きょうこ)はわかんなーい、と答えた。カゴに入れてあったみかんは半分以上なくなっている。ざっと見ただけでも5つの皮が、響子の前に置かれている。
響子は杏莉と保育園が一緒で、同じ年中組だ。以前は習い事も一緒だった。比較的家も近いので、母親の美帆(みほ)とも仲よくさせてもらっている。今日は保育園の都合で土曜保育がなく、どうしても仕事を休めないという美帆に頼まれて、響子と、響子の弟の一真(かずま)を預かっている。一真は2歳児クラスだ。一真は、年少組の息子の颯太(そうた)と並んで、ディズニーのDVDを観ている。
「ママ、わたしはたべてないよー」
怒られると思ったのか、杏莉が言い訳のように口を挟む。次のみかんに手を伸ばそうとする響子を見て、多香実はとっさにカゴを手に取った。
「響ちゃん、あんまり食べすぎるとお腹壊しちゃうよ。もうそれぐらいにしたほうがいいからね」
響子は多香実の顔をじっと見つめて、だってえ、と口をとがらせた。
「響子、くだものだいすきなんだもん。このごろあんまりたべてないんだもん。くだものたかいんだって。ママがいってた。リンゴたべたいのに」
多香実はひそかにハッとする。
「リンゴ? 確かリンゴあったわ。響ちゃん食べる? 剥こうか?」
「うん! リンゴ食べたい!」
多香実はみかんのカゴをそっと隠して、冷蔵庫からリンゴを取り出した。このあいだ会社の人からもらったリンゴだったが、剥くのが面倒でそのままになっていた。塩水にくぐらせてテーブルに出すと、響子が勢いよく食べはじめた。杏莉もつられて、一緒に食べはじめる。そのうちに一真がやってきて手を伸ばし、となると颯太も負けじと口に入れる。1つのリンゴはあっという間になくなった。響子が食べたのは4分の1ほどだったが、満足したのか、杏莉とぬいぐるみでおままごとをしはじめた。