「ぼしかてい」

「うちは、ぼしかていなんだから、そんなぜいたくはいけません」

 響子の声にびくっとする。ハリネズミのおかあさん役である響子が、ハリネズミの子ども役の杏莉に向かって言ったようだ。スーパーで買い物をしている設定らしい。

「ぼしかていってなあに?」

 杏莉がたずね、響子が「おとうさんがいない、おうちのことよ」と答える。

「そうなの? ママ」

 杏莉が多香実の顔を見る。なんと言っていいかわからずに、多香実はあやふやに首を傾げた。

「ぎゅうにくなんてだめよ。ぶたにくは、またこんどね。きょうはとりにく」

 響子の大きな声にどきどきしてしまう。意味がわかっていない杏莉は、「そうだね、そうだね」とうなずいて、小さなハリネズミのぬいぐるみを一生懸命に動かしている。

 多香実はぼんやりと響子と一真を眺めた。美帆は去年離婚して、響子と一真を一人で育てている。食べ物を節約するほど、困窮しているのだろうか。ふと窓の外を見ると、日が陰っている。そろそろ美帆が迎えに来る時間だ。その前に洗濯物を取り込んで片付けなければと思いつつ、子どもたちが散らかしたリビングの惨状にため息が出る。

「ほらほら、もうすぐ響ちゃんたちママが帰ってくるよー。少しお片付けして」

 杏莉と響子が、はーい、と返事をして、ぬいぐるみを片付けはじめる。颯太と一真はいつの間にかトミカで遊んでいる。おもちゃ箱をひっくり返したのか、すべてのおもちゃが盛大にばらまかれている。マクドナルドのハッピーセットのおもちゃや、ガチャガチャのウルトラマンや機関車トーマス。クレヨンや使いかけの消しゴム。おもちゃ箱のなかにたまっていた、埃や紙くずまで散らばっている。多香実は深呼吸をして、あとで掃除機をかければいいこと、と胸のうちで唱え、洗濯物を取り込んだ。

「多香実ちゃん、ごめんね。本当にどうもありがとう。助かったわ」

 約束の時間を30分ほど過ぎたところで、美帆が帰ってきた。レジ袋を持っているところを見ると、買い物に寄ってきたのだろう。わたしもスーパーに行きたい、と多香実は思う。夕飯の支度はこれからだ。

「響子、一真。帰るわよ」

 玄関先で、美帆が大きな声を出すと、はーい、という返事とともに帰り支度をした響子が出てきた。

「ママー。杏莉ちゃんちで、おゆうはんたべていきたい」

 響子が甘えた声を出す。美帆がほんの一瞬、多香実の顔を見る。多香実は視線をそらして、やんわりと否定の合図を返した。

「なに言ってるの。さあ、帰るわよ。一真は? 一真!」

 颯太が玄関に出てきて、「かーくん、ねちゃってる」と言う。多香実が慌ててリビングに戻ると、一真がおもちゃのなかに突っ伏して寝ていた。

「かーくん、ママ帰ってきたよ。帰るよ」