その場所に身を置くことで、五感で分かることがたくさんある

―― そうした苦しさや価値観の発見とは別に、日本とオーストラリアの行き来は、物理的に大変ではありませんか?

小島 オーストラリアと日本、季節は真逆だけど、時差はほとんどないんですよね。それに、私は引っ越し体質というか、ひとところに留まっていたくないんです。3~4週間も同じところにいると、違うところに行きたくなっちゃう(笑)。全く知らない土地を転々と、となると別ですが、ふたつの拠点を行き来するのは、私に合っていると思います

 日本では都市で働く人の顔、オーストラリアでは自然がすぐ近くにある場所で家族と暮らす顔。とはいえ、オーストラリアでもほぼ毎日、働いているんですよ。原稿を書く仕事だけでなく、インターネットを使っていくらでも日本とやりとりできるんですよね。新聞社と週1回の定例会議もしますし、雑誌のインタビューを受けることもあります。締め切りで徹夜することも。ほぼパソコンの前に座りっぱなしの引きこもり状態です。

―― インターネットのおかげで、どこにいても変わらない部分がある、ということなんですね。

小島 もちろん体をそこに持っていかないと気付かない発見もありますよ。空気の匂いもそう。パースの空港に降りると、空気の匂いが違います。枯草に花の香りと潮の香りとはちみつを混ぜたような香りがするんです。今は冬なので、夜は暖炉で燃やす薪の香りがします。気温や湿度の情報はガイドブックでも得られますが、匂いとか風の感じはそこに行かないと分からないことなんですよね。

 デュアル読者の皆さんも、海外で働くのは無理でも、休暇時に数日間でも旅に出るといいと思います。よその土地へ行くと、心のどこかにしまい込まれた知識が引っ張り出されてきて、「あ、こういうことか!」と五感で分かるということがあると思います

―― お子さんの英語教育も体験あってこそ習得が早いということもありそうですね。

小島 そうですね、彼らは日々英語を使って生活していますからね。でももうひとつ、外国に家族で引っ越してよかったことは、息子たちが「親も無力なんだ」と知ったことです

 英語がそうですよね。テレビのニュースとか新聞の記事に関しては、私が子どもたちに解説できますが、オーストラリア人の早口の雑談は、私には聞き取れません。レストランで「今、なんて言ってたの?」と息子たちに聞いたり、「こういうときってどういうの?」と教えてもらったりしています。そんな風にして、子どもたちが一方的に私たちに頼るだけじゃなくて、親を助けてくれる場面もあるんです

 親が子どもよりもダメなところを見せられるのはいいですね。親はスーパーマンじゃないけれど、いいところもあると知ることは、自立のためにも大事なんじゃないかと思っています

―― そうですね。自立といえば、普通はママが不在の時間が長いと、家の中のことって回っていかないイメージがありますが、家事とか毎日の食事の支度はどうなっているんですか?

小島 料理は夫が作っています。私が不在のときの家事は、父と息子2人の男3人でうまく回してくれています。普段から、息子たちにはお小遣い制ではなく、皿洗いをしたら週にいくらとか、「家庭内外注」のようにして仕事をしてもらっています。最近は月末になると自分からちゃんと「今月はこれだけやったのでいくらください」と言えるようになりました。以前は、支払い請求を忘れていたりすることもあって、「忘れているよ」と促したりして。こういうことは、労働者の権利を学ぶ機会として大切だと思っています。時々、「今月はすごく丁寧によくやったよね。もうちょっと上乗せ請求しなくていいの?」とか言って賃金交渉のチャンスを作ったりもします

 息子たちには、早く自立してほしいと思っています。自分で自分の身を守れる人になってほしいですね