ロックシンガーであり、俳優、バラエティーとマルチに活躍するダイアモンド✡ユカイさん(55歳)。ステージ上でのロックで破天荒なイメージとは裏腹に、バラエティー番組などで見せるちょっと天然で親しみやすい人柄が魅力です。

 ユカイさんは「無精子症」と診断され、男性不妊治療に取り組んだ結果、長女の新菜(ニーナ)ちゃん、双子の頼音(ライオン)くん、匠音(ショーン)くんの3児を授かりました。男性不妊と告げられたときの心境、夫婦で取り組んだ不妊治療について、ユカイ節全開で真っすぐに語っていただきます。

(上)ダイアモンド✡ユカイ 無精子症の絶望を乗り越えて ←今回はココ
(下) 無精子症の俺がオヤジに 人生180度変わった

俺は男として不完全―― 付き添いで受けた検査で「精子ゼロ」宣告

日経DUAL編集部(以下、――) ユカイさんが「無精子症」と診断されたきっかけは何だったのでしょうか?

ダイアモンド✡ユカイさん(以下、敬称略) 俺は一度結婚に失敗しているんだけど、今の妻と出会い、再婚しようとなったとき、「結婚とは何か」を改めて真剣に考えた。それで、「結婚とはやっぱりファミリーを持つことだ」と思ったんだよね。

医者から「精子ゼロです」と言われたときは、ドラマみたいに頭が真っ白になった、と振り返るユカイさん
医者から「精子ゼロです」と言われたときは、ドラマみたいに頭が真っ白になった、と振り返るユカイさん

 そのとき、俺は47歳、妻も36歳で、お互いに若くはない年齢。妻が産婦人科で自分の体を調べたいというから、最初は妻の付き添いで近所のクリニックへ行ったんです。検査の結果、妻の体は異常なし。赤ちゃんを迎える準備は万端だった。そしたら先生が「ご主人も検査を受けてみませんか?」って。成り行きで、俺も検査を受けることになったんだ。

―― 検査を受けることに抵抗はありましたか?

ユカイ それは、正直戸惑ったよね。男性不妊の知識なんて全くないし、何しろロックで破天荒な人生を送ってきたから、「なんで男がそんな検査を受けるんだ!」ってね。自分は問題ないはずだと思い込んでいたし、むしろ過去の女性経験から「何か病気が出たら怖いな(笑)」くらいの不謹慎な気持ちだったよ。

 もし自分が30代前半くらいだったら「冗談じゃない」って怒って帰っちゃってたかもしれない。でもそれなりに歳を重ねていたし、何より子どもが欲しかったから覚悟を決めたんだ。

1980年代、多くのファンを熱狂の渦に巻き込んだ伝説のロックバンド「RED WARRIORS」のボーカルとして活躍
1980年代、多くのファンを熱狂の渦に巻き込んだ伝説のロックバンド「RED WARRIORS」のボーカルとして活躍

―― そこでまさかの「無精子症の宣告」だったんですね。

ユカイ 医者から「精子ゼロです」と言われたときは、ドラマみたいに頭が真っ白になった。「まさか自分が…」って。

 「精液の状態は、その日のコンディションやストレスでも変動しますから」と医者からは説明されたけど、何しろ精子が一つも見当たらないんだから、何度検査しても同じだろうな、と絶望的な気分だったよ。先生の言葉はほとんど耳に入らず、いろんな思いが頭を駆け巡った。笑えない話だけれど、過去に付き合った女性から「子どもができた」と告げられたのは一体何だったのか…とかね(苦笑)。とにかく、「俺は男としての機能を持たない不完全な人間なんだ」と、男性としての自信を失いかけたよ。

―― その後、夫婦ではどのような話をされたのでしょうか?

ユカイ その日はショックが大き過ぎて、夫婦で全く会話がなかった。翌日俺のほうから妻に「俺とは別れたほうがいいんじゃないか」って切り出したよ。妻は相手が俺じゃなければ子どもを授かれるわけだからね。そしたら妻は「ユカイさんが子どもみたいだから、ユカイさんを子どもだと思ってこれからも一緒に生きていきましょう」と言ってくれたんだ。

 妻が俺のことを本気で想ってかけてくれた言葉だと頭では分かっていても、正直このときはうれしいというよりも、「俺の気持ちなんて誰にも分からないだろう」とひねくれた気持ちにしかなれなかったよ。