今、子どもの歯や口腔ケアについて気になることナンバー1が「歯並び」と言われています。歯並びが気になったとき、親ができることにはどんなことがあるでしょうか。この連載では、長年子どもの歯科診療に携わっている歯科医師の倉治ななえ先生に、最新の歯並び事情や矯正について伺っていきます。

歯(永久歯)が大きくなって、10人に1人は「歯が足りない!」

 こんにちは。倉治ななえです。大田区の歯科医院で30年以上にわたり、子どもたちの歯科診療に携わってきました。大田区の小学校の学校歯科医として、子どもたちの歯科健康診断や歯みがき指導などを通して、学校歯科教育にも力を入れています。長年にわたり、子どもたちの歯並びを観察し続けてきた結果、歯並びは、遺伝や歯数などの要素を除けば、一朝一夕に決まるものではなく、毎日の生活の積み重ねによって出来上がること、保護者や周囲の指導、あるいは本人の努力次第で、不正咬合(かみ合わせが悪いこと)を予防することもできることを、確信するようになりました

 最近、特に子どもたちの「歯並び」への関心が高まっていることから、この連載を始めることになりました。本連載を通して、少しでも歯並びのよい子に育てるためのヒントになればと思っています。また、海外で行われる世界歯科大会や予防歯科研修などにも積極的に参加して得た、最新の「予防歯科」に関する情報もお届けしたいと思います。

 今の子どもたちの特徴の一つに、顎(あご)が小さくなっている、ということが言われてきましたが、専門家の調査によると、日本人の顎が小さくなったとは言えない、との意見も聞かれるようになりました。最近の研究結果から明らかになったのは、「永久歯が大きくなっている」という事実でした。前歯、奥歯ともすべての歯種(歯の種類)で、昭和生まれの人より平成生まれの人の永久歯が大きくなっていたのです(※1)。

 つまり、顎の大きさは変わらないのに、歯が大きくなったために並びきらないというものです。子どもたちの歯並びに関わる歯科医師のあいだでは、このことが歯並びの悪い子が増えている要因の一つであると、認められてきています。

 そして、子どもたちの歯並びの問題をより複雑にしているのが、歯の数が足りない、ということ。「人類の歴史は進化の歴史。筋肉・骨格はよりきゃしゃに、歯は時に数が少なくなる。これが進化の原則です」と、歯の形態に詳しい日本大学名誉教授の尾崎公先生は言います。つまり、火を発見した人類は、かみやすい食生活を手に入れその結果、退化=進化の影響として、歯の数が減ってきている、ということなのです。2011年に日本小児歯科学会が発表した調査結果によると、永久歯がもともとない「先天性欠如歯」の子どもの割合は、約10.1%(※2)。この調査結果は衝撃的で、10人に1人は歯の数が足りないということになるのです。臨床の現場でもしばしば目にする問題で、矯正治療においても、長期的な予測をしっかり立てて治療に臨む必要があります。

※1参考文献
1)Mizoguchi.Y.,Variation Units in the Human Permanent Dentition.Bull.Natl.Sci.Mus.,Tokyo,Ser.D.7.29-39.1981
2)高橋昌巳、金澤英作ら:年代を異にした2つの小学校の歯のサイズと萌出順序に関する比較研究 小児歯科学雑誌 43(1):85-93,2005
※2参考文献
山崎要一、朝田芳信ら:日本人小児の永久歯先天性欠如に関する疫学調査:小児歯科学雑誌48(1):29-39,2010

 もう何年も前から、子どもの歯についてのママたちの悩みのナンバーワンは「虫歯」ではなく「歯並び」となっています。日本の子どもの虫歯対策は、フッ素入り歯磨き剤の割合が増えたことに加え、キシリトールの普及、歯みがき習慣教育が行き届いたこともあり、ひどい虫歯の子はずいぶんと減りました。もちろん、虫歯ゼロはよい歯並びの前提条件ではありますが、この虫歯の心配が減ってきたこともあり、ママたちにとっても今度は「歯並びそのもの」が意識に上がるようになったと思っています。