「日本に帰って来て何が食べたいか、ですか?」

 ご存じの方もいらっしゃるだろうが、錦織圭は島根県の出身である。だから、やむをえない面はある。だが、彼の何気ない一言のおかげで、わたしの大好物は一気に入手困難になってしまった。

 「日本に帰って来て何が食べたいか、ですか? やっぱりノドグロですね」

 全米オープンで準優勝したあとの記者会見で発せられたこの一言のせいで。

 錦織圭がどれだけノドグロ好きかは知らないが、わたしは、日経DUAL編集部から「何か美味しいものでも」とお誘いをいただいた際、間髪入れずに「じゃあノドグロで」と答えてしまった人間である。新鮮なノドグロが食べたい一心で、まだ新幹線も通っていない金沢まで出かけたり、編集者に無理を言って鳥取のサッカーチームを取材させてもらったりもした。

 マグロは美味いしタイも美味い。アジの干物や銀鱈の西京漬もたまらない。博多で食べるフグやアラも素晴らしい。だが、あえて自分の中のキング・オブ・フィッシュを一つあげろと言われたら、わたしはノドグロを選ぶ。何の迷いもなく。

 だが、錦織圭がその名を口にしたことで、知る人ぞ知る存在でしかなかったノドグロは、一躍満天下に知れ渡った。当然、「食べてみたい!」と考える人の数も激増し、ちょっとお高め、ぐらいだったお値段は、だいぶ気合を入れないと買えないレベルにまで跳ね上がってしまった。感覚的に言うと、銀座の美味しい洋食屋さんの御会計が、お寿司屋さんレベルに化けた感じ。実際、馴染みの魚屋さんに聞いても「ああ、あれから一気にポピュラーになったね」と言っていたから、もう間違いない。

 なので、大変失礼かつ僣越にして筋違いであることは重々承知しつつ、錦織圭という名前を見聞きするたび「ったく、余計なことしやがって」と舌打ちしてしまうわたしである。

 それぐらい、ノドグロは美味い。

 しかも、この美味極まりないお魚様は、このほど、我が家にとっての恩人にもなった。