小田編集記者 9年ぶりの保活は激化していた

 「本日は、現役の待機児童保護者として、産休中の個人として参加させていただきました。思い起こせば12年前。『待機児童』という言葉はありましたが、まだ『保活』という言葉はありませんでした。第1子は家の近くにある第1志望の大規模認可保育園に入ることができました。9年前、第2子も同じ保育園に入ることができました。でも環境が少し変わっていると感じました。それは『パパが保育園の送り迎えを担当するご家庭が増えていること』、そして『夜のお迎え時間が遅い世帯が増えている』という2点です。

 両親ともにフルタイム勤務である世帯がどんどん増えているのでしょう。そのスピードに、認可保育園の増加スピードが全然追いついていないのが現状なのではないでしょうか? その結果、あれから9年後の今、私たち夫婦の働き方は全く変わっていないのに、保育園に入ることができなくなってしまったのです」

 「この春、保育園に入れないことが分かってから、Facebookで『保育園に入りたい』と本気で語ろうというイベントを知りました。そこでの一番大きな発見は、パネルディスカッションに参加していた認定NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹さんが提示した『児童福祉法第24条』でした。この法律は、私たちが住む自治体には、保育を必要とする人に保育を提供しなければならない義務があると定めているのです」

不承諾通知が届き自分を責めた 自助努力が足りなかった?

 小田編集記者は続けます。「さて、待機児童を抱える親の中で、自治体に対してしっかりと怒りを伝えることができる人は何割いるでしょう? 私は区から『保育園に入れない』という通知が届いたときから、ずっと自分を責めています。『私の申込書の書き方が悪かったのではないか』『希望園の選び方が間違っていたのではないか』『早生まれというタイミングが悪かったのではないか』『そもそも1月に産んで4月に復帰するのは無謀だったのではないか』『この自治体に住んでいること自体が間違いなのではないか』……。
 そして、とあるママからはこう言われました。
 「『待機児童になったのは、あなたの自助努力が足りないからではないですか』と」
 「『自助努力』って何なんでしょう。働きながら子どもを授かり、産み育て、職場に復帰したいという、“当たり前”の思いが、なぜここまでかなえられない世の中になっているのでしょう。そのような願いがかなわないばかりでなく、そう願うがゆえに傷ついたり、不安になったり、時には罰されてしまう。今の日本は、地域差はあれど、そういう社会なんです。これで子どもが増えるわけがない。どこかの誰かが言っていた『女性が活躍する社会』というフレーズは最近は既にあまり聞かなくなってきているように思います。『働く』と『産み育てる』を当たり前に両立できる社会にしたいと、心から願います」