愛情と悪意は常に切り離し、無理矢理「ゆるす」

 重要なのは、思考の切り離しだ。すべてをくっつけるから、良くないのだ。あれはあれ。それはそれ。子育ては子育て。旦那との関係は旦那との関係。仕事は仕事。不幸同士を鎖でつなぐと影響しあってものすごい大きさになるし、不幸と幸福を鎖でつなぐと必ず不幸のほうに引っ張られ、陥れられる。

 だから、一つ一つの出来事を引きずらないで、関係なく過ごすのが自分には一番良い方法だと分かってきた。

 特段、息子と接するときは「切断切断切断」。流れ星に早口で願いをかけるように頭の中でそう唱えてから、無理矢理にでも笑って過ごすように努めている。そうすれば大切な時間や関係性を、けがされずに済む。それでもたまに邪悪さが溢れてしまうけれど、忘れられない、決してなかったことにはできない、傷ついたことを誰にも分かってはもらえない、でも人生を向上させるには、そういったことを「ゆるす」。無理矢理ゆるすことが必要なのだ。

 愛情と悪意は常に切り離すべきだ。「有名人は悪意ある言葉をぶつけられる分、多くの人に愛されてるんだからいいじゃないか」というのは絶対におかしい。愛情には愛情で向き合うべきであって、大切な愛情を利用して受けたダメージの補填をするべきではない。そんなけがらわしいものを音楽の創作意欲にも絶対にしない。それが私の美学だ。


重要なのは、思考の切り離し。ときに溢れる邪悪さを忘れることはできないけれど、人生を向上させるには「ゆるす」。そうすることで、息子との大切な時間や関係性を、けがされずに済む

 ダメージに塗る薬は、私の場合は金を稼ぐこと、食い物、睡眠、買い物、美術館や花畑に行くこと。表面上だけでもゆるせたら、あとはネタにして大笑いすればいい。

 休みの日、息子とのデートで厄払いに行った。太鼓の音が好きな息子はとても楽しそうだった。

 おみくじは大吉だった。