幼稚園生だった娘に「パパはオタクなの?」と聞かれた
――アニメのワークショップは難しくないですか。
遊佐かずしげさん(以下敬称略):おっしゃる通りでアニメーションはちょっと難しいので、僕が教えるのはパラパラアニメと言われる数枚で動くような、皆さんがよくご存じのものになることが多いですね。たった2枚の絵で、ウサギが伸び縮みしているように見えたり、鳥が飛んでいるように見えたり、男の子が「わっ!」と驚かせているように見せたりすることができる。
アニメは顔よりも大きい口を描いてもいいんだよというデフォルメを教えるなど、どういうことをやっていいのか、まずは型を外すことから始めます。すると子どもたちにもすんなり入り込んでもらえます。アニメの教室といっても、アニメを動かす方法を教えるだけではないんです。もっと基礎的なこと、原理を教えています。飯能でのワークショップでも導入は同様のものになると思うのですが、次にこの絵を見てください。
――トイレのマークですか?
遊佐:そう思いますよね。これをワークショップで一瞬だけパッと見せて「みんな知ってる? 何のマークだった?」と聞くと「トイレのマーク!」とすぐに答えます。ところが「どちらの形が女性だった?」と聞くと、見ている人たち、特に大人は「右でしょ!」と答える。でも色がピンクなだけで、女性の形をしているのは左なんですよね。アニメはこうした先入観を利用するものだということ。こうしたテクニックをはじめ、どんなスキルを身に付けてアニメーターはプロになるのかということを、基礎からしっかり教えます。こうしたキャッチボールを楽しんでもらって、苦手意識のある子のコンプレックスを取り除くことも目的の一つです。
――確かに、これなら絵が苦手でも楽しめそうです。でももともとはアニメ作家として活躍されていた遊佐さんが、なぜ子ども向けの活動をするようになったのでしょう。
遊佐:僕がこうした活動をするようになったきっかけは、今高校3年生の娘、くららが、「パパはオタクなの?」と幼稚園のときに聞いてきたことなんですね。「お友達の○○ちゃんのママが、くららちゃんのパパはオタクだって言ってたって」と。もちろんオタクは悪くないのですが、それを聞いて「アニメーターはオタク……なのか?」と思いまして。
僕が事務所を構える練馬区は、東映が“東洋のディズニー”を目指して大泉の撮影所で、日本初の劇場用カラーアニメを制作をしたという、日本のアニメ発祥の地として今は知られるようになっていますし、練馬区も「アニメ・イチバンのまち」として様々な活動を展開しています。でも当時はまだ、手塚治虫さんが練馬区に虫プロダクションを構えて日本初の連続テレビアニメ『鉄腕アトム』を制作したことも、90社を超える(現在では100社を超える)アニメ関連会社があることも知られていませんでした。それどころか、アニメーションは漫画家さんが作っていると思っている方もいたくらいだったと思います。
僕はもっと、アニメーションに携わる人たちのこだわり、ポリシーを多くの人に伝えていかないとと思うようになったんです。