30代後半からの妊娠・出産を目指す人に役立つ情報をお届けするこの連載。これまでは、主に女性側のテーマを取り上げてきましたが、今回は男性の加齢による妊娠への影響についてお届けします。
卵子の老化が妊娠率を低下させることは知られてきましたが、男性の精子の老化についてはどうでしょうか。有名人が60、70代で父親になったという報道を耳にすると、「いくつになっても男性は射精できれば子どもが作れる」と思いがちですが、実は精子も老化し、妊娠させる力が低下することが分かってきました。カップルの約10組に1組が不妊であると言われる時代。そのうち男性側に不妊の原因があるケースは約半数。男性の高齢化も決して見過ごせない問題です。
男性不妊を専門とする、獨協医科大学越谷病院泌尿器科主任教授、岡田弘医師にお話を伺いました。

男性不妊の原因、最も多いのは「精子がうまく作れない」ケース

 まずは基礎知識として、勃起不全(ED)や射精障害・性交障害などを除く、「精子の問題」に要点を絞った男性不妊の原因を解説していきます。大きく2つに分けられます。

造精機能障害

 精液を作る機能に問題があること。男性不妊の90%以上を占める。精液検査では、精子濃度・精子運動率・正常形態精子率の項目のうちいずれかが悪いのではなく、3つの検査項目の数値がそろって低いことが多い。「精子の数が少ない、精子の運動率が低い、正常形態の精子が少ない」これらを総称してOAT症候群と呼ぶ。

 原因がはっきりしているものの中で最も多いのが、精索静脈瘤(精巣の近くにできた静脈瘤により、精巣の温度が上昇して精巣の機能が低下する)、で、手術により改善されるケースもある。またホルモン分泌異常なども治療が望める。しかし、男性不妊の約70%は原因不明。治療にはビタミン剤や抗酸化剤などが用いられることがあるが、効果は人によって異なる。

精路通過障害

 精子自体は作られているが、精子の通り道がふさがっている。または、精子の通り道の近くに炎症などがあり、精巣から尿道の奥へ、精子が通過しにくい状態。無精子症や精子無力症(精子の運動率が低い)の原因となる。

無精子症とは?

精液の中に精子がまったく見当たらない場合を無精子症という。男性全体の約1%、男性不妊患者では10~15%を占める。精巣で精子が作られているが通り道に問題がある「閉塞性無精子症」と、通り道に問題はないが、精巣の精子形成に問題がある「非閉塞性無精子症」に分けられる。精子の通り道を作り直すことができなければ、手術用の顕微鏡を用いて精巣から精子を探し出すMD-TESEを行い、見つけた精子を卵に顕微授精(ICSI)して子どもを授かるようにする。

35歳を境に精子の妊娠させる力は低下する

 一般的な精液検査で分かるのは、精子の数や動き方、形といった「外見」だけです。見た目には問題がなくても、受精させる精子の能力が不足していたり、逆に精子の数が少なくても妊娠させることができたりと、精子の見た目と、実際に受精させる力は必ずしも一致していません。

 私たちが行っている「精子機能検査」では、見た目からは判断できない、精子の受精させる力を調べることができます。この精子機能検査はマウスの卵子を使うことから「MOAT(Mouse Oocyte Activation Test)」と呼ばれ、現在、獨協医科大学越谷病院でのみ定期的に実施されています。

精子機能検査の手順

マウスから取り出した卵子に、男性の精子を顕微授精させ、精子が卵の中に入って活性化するかどうかを観察する。精子に受精能力があれば、前核という胚の発生の初期段階が形成され、その後、不要になったDNAを放出する第2極体放出が起こる。これは、ほ乳類に共通する受精のメカニズムだが、種が異なるため、細胞分裂して成長することはない。

 この検査を、子どもがいる男性の集団と、精液所見に大きな異常がない原因不明の不妊患者の集団に実施したところ、前者は加齢による大きな低下はなく、後者は35歳を境に急速に低下することが分かりました。

 つまり、加齢によって「精子機能がそれほど変わらない人」と「精子機能が低下する人」の2つのパターンがあることが分かったのです。後者の場合、精子機能の低下が始まるのは35歳。女性の卵子と同様に、一部の男性の精子も35歳を超えると、質が低下することが分かったのです。

 子どもができにくい男性は、加齢によって、よりできにくくなるということを知っておいてほしいと思います。また、男性が加齢するほど、流産率が上がることも分かっています。