「いのちの授業」と題し、子どもたちに苦しみとの向き合い方を教える訪問授業を行っているホスピス医の小澤竹俊先生。「上」編では、苦しみと向き合うための支えとして、理解してくれる人との関係、将来の夢、選ぶことの自由がある、と横浜市立桂小学校6年生に行った「いのちの授業」で話しました。今回はさらに一歩踏み込み、その支えをどうやって強くしていくか、ということを子どもたちと一緒に考えていきます。

■「上」編
いのちの授業 苦しむ人の理解者になり支えになる

自分を認めるために、支えてくれているのは誰かを考える

 患者の希望をすべてかなえられないとき、逃げ出したくなることもあったと語った小澤先生。医療現場の現実を聞き、子どもたちが神妙な顔つきになります。すると、小澤先生が空気を変えるように「今、自分に点数をあげるなら何点?」と質問をしました。「100点? 60点?」と聞いてもなかなか手が挙がりません。「たとえ低い点数でも、自分が大事な存在であることを認めてほしい」と続ける小澤先生。

 試験がうまくいく、試合に勝つ、誰かの役に立っている――これならば大事な存在であることは認めやすいのでは、と言います。

 「では、役に立たない人間は? インクが切れたボールペンのように、役に立たない人間を捨てられますか?」

 小澤先生はテーブルに置いた自らの時計を手に取り、「この時計が動かなくなっても私は捨てないでしょう」と言います。なぜなら、父親の形見だから。この時計を例に、役に立つ、立たないは何かと比較をして考えることではないと続けます。

 「病気を通して、健康なときには見えてこないものが見えてきます。家族や友人がそばにいるだけで穏やかになる。庭に咲いている花や、何気ない音楽に涙したりします。何もできない自分でも、尊い存在だと認めることができたからです

 テストで40点や60点しか取れない自分をどう認めるか。「『Let It Go』の歌詞のように、ありのままの自分でよいと思うことができたら、自分を認められる」と小澤先生。

 「でも、『俺、勉強できなくてもいいや』と開き直るのは違うと思うんです。自分を支えてくれる誰かが『あなたはこれでいい』と言ってくれることで、自分自身を認められるようになるのではないでしょうか。支えてくれているのは誰なのかという答えは、宿題として考えてみてください」

横浜市立桂小学校での「いのちの授業」の様子
横浜市立桂小学校での「いのちの授業」の様子

次ページから読める内容

  • 目の前に苦しんでいる人がいたらどうするか
  • 苦しみと向き合う文化をつくりたい

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