お別れのとき、虎が放った意外な一言
ヨメのインフルエンザが治った発表会前日、むくはとうとう水も飲めなくなっていた。いろいろなところに痛みもあるのだろう。息づかいも荒く、身体は小刻みに震えている。このまま家で見守りたい思いも抱きつつ、せめて痛みだけでもとって楽にしてやりたいと、むくを病院に連れて行った。発表会のあとは幼稚園のお友達家族と会食の予定が入っていたのだが、まだヨメの体調が万全ではないから、という理由でお断りをさせていただく。
リビングの電話が鳴ったのは、発表会を終えて帰宅した3時間後のことだった。「何も起こらなければ、明日の朝、お電話します」と言っていた病院の先生からの電話だった。
寝室で寝ていたヨメと虎を起こし、病院に向かう。仕方がない。覚悟はできていた。最後にヨメと会えて良かった。いろんなことを自分に言い聞かせながら、アクセルを踏む。
病院では、3人の先生が入り口で待っていてくれた。
「力及ばず、申し訳ありません」
無念そうに涙をこぼす先生の顔を見て、こちらの涙腺もゆるみかける。ヨメのはすでに全面決壊。もう少しで16歳だったむく。いつか来る日だとはわかっていても、やっぱり辛い。パパとママが同時に泣きだしたらきっと虎が驚くだろうから、と自分に言い聞かせて必死に涙をこらえる。
虎はと言えば、きょとんとしている。
ここ数週間の闘病生活ですっかりやつれ、薄汚れてしまっていたむくは、先生方がきちんと洗ってくれていた。身体はまだ柔らかく、大人の目から見ても眠っているようにしか見えない。
「……むくはね、もう死んじゃったんだよ。優しくなでてあげて、お別れしようね」。そうヨメが言い聞かせると、診察台の上に横たわるむくの耳たぶをパタン、パタンと裏返しながら虎は言った。
「いつまで死んでるの? 明日まで?」
涙をこらえているのに、笑いの衝動が込み上げてくる。そっか、そうだよな。ゼットンに倒されたウルトラマンはゾフィーに生き返らせてもらったもんな。死んでもまた生き返るのがウルトラマンの世界だもんな。
ほとんど号泣に近かったヨメの顔にも、いつの間にか笑顔が浮かんでいる。
なんだか、少しだけ救われたような気分になった。