違いではなく共通点にこそ、社会課題解決のヒントがある

羽生 たしかに、ワーク・ライフ・バランスというのは、経済的に成功している強者の立場からのメッセージが目立ちますね。走り過ぎて本質を見誤ってしまうことがないようにと、私も気をつけたいと思っています。

治部 大手企業向けの支援策ばかりが報じられますが、その恩恵を受けられる対象者は全体の中のほんの一握りに過ぎないんです。日本女子大学現代女性キャリア研究所の岩田正美名誉教授と大沢真知子教授が『女性はなぜ仕事を辞めるのか』(青弓社)という本にまとめられている調査があるのですが、首都圏に住む短期大学・高等専門学校卒業以上の女性5155人のうち、正規雇用で最初の仕事を「結婚後も続けている人」は20人に1人、「2人以上子どもがいて仕事を続けている人」は100人に1人なんです。

羽生 日本社会において、「働き、育てる女性」がいかに少数派であるかという事実を突きつけられる数字ですね。

治部 私は今、幼稚園の預かり保育を利用しているのですが、周りを見渡すと第二子出産を機に仕事を辞めている女性が多いなと感じます。女性の人生は変化が多いので、現時点での状況や属性だけでは、その人が本当に何を望んでいるのかわかりにくい。今この瞬間は「職業:専業主婦」でも3年前はバリバリのフルタイムワーカーだった可能性はあるし、3年後もわからない

 前世代と比べると、ワーキングマザーと専業主婦の境界線はあいまいになっているのではないでしょうか。働いていても働いていなくても、「子どもとの時間を大事にしたい」と思う気持ちは同じくらい強いんです。そして、「環境さえ整えば働きたい」と希望している主婦も多い違いではなく共通点にこそ、社会課題解決のヒントがあると思います。「何をしたいか」という共通ゴールを見つめていくべきです。

羽生 おっしゃるとおりですね。企業側も育児支援策に乗り出すところが増えてはきていますが、運用面ではまだまだ課題が多いようです。

治部 制度は整っても、意識面での壁がまだまだありますよね。私の妊娠による弱者体験もそうでしたが、やはり体験によって当事者の悩みを理解することは一定の効果があるように思います。

 2016年11月の日経新聞に、サトーホールディングスの部長職以上の男性管理職15人が1日6時間の時短勤務を体験して「大変さがわかった」という記事がありました。やはり実感を伴った時にマネジメントが変わっていくのではないでしょうか。

羽生 経験者が大変だった時の気持ちを忘れず、後に続く人を支えていくことも大事ですよね。育児支援が進みにくいのは「喉元過ぎれば……」の側面が大きいからという指摘はよく聞きます。

治部 本当に。弱者体験を発信し、ずっと言い続けることで、社会の問題解決を早めると思います。