「女性の職場復帰へのインセンティブ」が巧みなシンガポールの制度

 私がシンガポールに住むようになって印象的だったのは、政府による「女性の職場復帰へのインセンティブ」の付け方の巧みさ。住居費や食費など生活費がかかるうえに、子どもにもお金がかかってくるので、無給で休み続けていると家計が厳しくなり、早期復帰を選択しようという気持ちにさせられます。また、CPFという日本の年金制度のような仕組みがありますが、雇用主との折半の強制自動天引きで積み立てる方式になっているため、働かないと将来もらえるお金も少なくなります。一方、日本では産休中、育休中に厚生年金の保険料は免除になりますが、この期間の分も将来の年金額に反映されることになります。

 保育所に関しては、シンガポールでは質にこだわらなければ入りやすく、外国人家事労働者を雇うことができるので、基本的に子どもの預け先には困りません。専業主婦でも保育所を利用することができ、日本のように世帯収入が高いために認可園に入りにくいといった問題もありません。

 保育所の料金は月10万円前後することが一般的ですが、ローカルの保育所ではシンガポーリアンへの助成があり、ワーキングマザーは助成をより多く受けることもできます。「働いていないから収入が少ないのに、政府の助成が少なくて暮らしが大変」と嘆くキャリア中断中のママもいますが、これは政府が女性の労働を促しているからです。外国人の場合はシンガポーリアンのように助成を受けることができないために、保育料を満額支払う必要があります。子どもの数が多いと保育料の負担が大きくなるために子どもが小さい間は、ヘルパーさんに自宅で子どもの世話をしてもらうというスタイルの家庭も見られます。

 シンガポールでは子どもの病気などで仮にいったんキャリアにブランクができた場合も、パートタイマーとして復帰という働き方にはなりにくいです。というのも、雇用が流動的なので、復帰できるようになったときに再度面接をしてフルタイムで同じような職種に就くというほうが一般的だからです。フルタイムでも休みは取りやすく、有給休暇や子どもの看護休暇の他に自分の病欠も日本よりもずっと気軽に申請できるようです。「休みは権利」という考え方で積極的に休みを取っている人が多いように感じます。ただし、永住権を保有しない外国人の場合は就労ビザ(EP/S Pass)の問題があるため、キャリアに穴を開けることに注意が必要です。有給などを消化して、雇用され続ける努力をするほうがよいでしょう。

 また、シンガポーリアンや欧米人の父親は、日本に比べて、家事・育児への参加時間がずっと長いです。国際社会調査プログラム(ISSP)が2012年に実施した「家族と性役割に関する意識調査」によると、子持ちの有配偶男性の家事・家族ケア分担率は日本の男性は18.3%に対して、アメリカは37.1%、イギリスが34.8%と欧米男性は家族ケアに積極的です。シンガポールも欧米文化なので家族ケアをする男性が多いです。

週末の親子教室には、パパの姿がいっぱい!
週末の親子教室には、パパの姿がいっぱい!

 例えば、土・日曜や平日夜の子どもの世話は基本的に父親がするという家庭が多いですし、平日の子どものプレスクールへの送り迎えもパパ担当という場合も。ママが働いていない専業家庭であっても、ママが朝は苦手などの理由で、送迎はパパがしているケースも珍しくありませんし、欧米系の一流企業の役員というポジションのパパですら、ビジネススーツで子どもをプレスクールに送り届けている様子も見られます。女性が働いている・いないにかかわらず、日ごろから分担をしっかり決めているのだなと感じさせられます。

 そういう意味でも復帰後に役割分担でもめるということもそれほどなさそうです。外国人の女性は強いですし、男性も「妻に家事や子どもの世話を全部押しつける」という発想はなく、自分がする、もしくは外注すればよいと思っているようです。そういった男性が子育てするのが当たり前な環境の中で、シンガポールにいる日本人の男性も家事・育児に積極的な人が多いように感じます。土・日曜はパパが子どもを連れて出かけるという家庭もありますし、平日も帰宅後にお風呂に入れたり寝かしつけをしたりするパパも。東京では長時間労働をしていたという人もシンガポールに来てから労働時間が少し減る場合が多いので、抵抗感なく、家事・育児に時間を費やす余裕が出るのだろうと思います。