どんな人でも自由に自分の絵が描けるよう、緻密に計算されたプログラム

 鑑賞会の後、木野内さんは最後にこう話しました。

 「自由に抽象画を描いてくださいと言われてスラスラ描ける人はそういません。最初に『青いパステルや黄色いパステルで太い線を描いてください』『ぐるぐる線を描いてください』と誘導したのは、皆さんに自由に羽ばたいてもらうためのもの。たとえるなら、滑走路に連れていくまでの作業です。その先は皆さん、楽しそうに飛び立っておられました。このように臨床美術のプログラムは、子どもから高齢者まで誰もが自由に描けるように緻密に計算されています」

参加者の作品。一つとして同じものはない
参加者の作品。一つとして同じものはない

 「そしてどうですか。自分の作品だけでなく、人の作品を面白いと思いませんでしたか?」

 「一つとして同じ絵がない。それぞれの違いが美しく愛おしく感じられたのではありませんか。自然と相手をリスペクトする気持ちが芽生えたかもしれません」

 「『多様性が大切だ』と言葉で言うのはたやすいですが、実感することは難しく、場合によっては人と違うことはマイナスなことだと捉えられがちなのが、現代社会です。決して仲が悪いわけでないのに、職場の人間関係がストレスになってしまうのは、ネット環境が発達したことでパソコンに向かう時間が長くなり、会話が少なくなったことも一つの原因と言われています。フェリシモでコールセンターの朝礼で臨床美術を定期的に導入したときの事後アンケートでは91%の人が会話が増え、他者の作品が面白いと、他者に興味を持つ回答結果がありました」

 「『子どもに自信をつけさせたい』などの親御さんからのリクエストで私は毎週末、子どもたちと一緒に臨床美術に取り組んでいます。マニュアル社会で大人は子どもにもすぐに正解を求めがちですが、人生の正しい答えは1つではありません。また一人ひとり違っていいのだということを臨床美術ほど簡単に伝えられる方法がないから私は続けているんです。もしも皆さんが今日のアートワークで興味を持ってくださったなら、どんどん口コミで臨床美術のよさを広めてほしいです。一人でも多くの人にこの楽しさを伝えられることが私の幸せです」