「今朝起きたときのあなたの気分を絵で表現してみて」

 「では次に、今朝起きたときのあなたの気分を絵で表現してみてください」

 先ほどとは明らかに異なる空気が流れます。木野内さんからの指示に顔を見合わせ、戸惑ったような声が漏れ聞こえてきました。木野内さんは続けます。

太陽、チューリップ、おうちはスラスラと描けるが、「今朝の気分を描いて」と言われると手が止まってしまう
太陽、チューリップ、おうちはスラスラと描けるが、「今朝の気分を描いて」と言われると手が止まってしまう

 「太陽、チューリップ、おうちはすんなり描けたのに、『今朝の気分を描いて』と言われた途端、皆さん一瞬ひるまれましたね。前者の3つは大概の方が似通った絵を描かれます。これをデジタル画といいます。皆さんが迷いなく描いた絵はいうならば、記号。共通認識を促す、マークなんです」

 「それに比べて、今朝の気分の絵は一つとして同じ絵柄はありませんよね。これをアナログ画といい、臨床美術で言うアートなんです。アートの世界では、正解は一つではありません。みんな気持ちは違いますから、自分のままでいいのです。描く前に皆さんが一瞬ひるまれたのは、朝の気持ちと言われて、無茶振りされた脳が動き出した証拠なんです」

「青いパステルで、下から上に一本線を引いてみてください」

まず、青いパステルで線を引く
まず、青いパステルで線を引く

 アートに対して気軽な気持ちになったところで、いよいよ絵を描くプロセスに入っていきます。

 まず、専用のオイルパステルとポストカード一枚分の大きさの紙が配られました。紙の中央には台形や三角形など手触りの異なる紙があらかじめ貼られています。

 その後、木野内さんの声掛けでスタートし、約40分間で一枚の絵を仕上げていきます。

 「カードを縦方向にし、青いパステルを手に取って、下から上に一本線を引いてみてください」
 「今度はオイルパステルを横向きに倒して使い、太い線を一本描き入れましょう」
 「今度は黄色のオイルパステルでぐるぐるぐる、と線を描いてみてください」など、初めは言われるがまま、線を重ねていきながら、徐々に自分の作品に入り込んでいきます。

作業に慣れてくると、指が汚れることもためらわず、手でパステルを伸ばすことができるように
作業に慣れてくると、指が汚れることもためらわず、手でパステルを伸ばすことができるように

好きな色のパステルで思いのままに色を乗せていく
好きな色のパステルで思いのままに色を乗せていく

 「左右前後ひっくり返して遠目で見たら、どんな形が見えてくるか、中央に貼られた紙はざらざらして、それ以外のつるつるの紙の描き心地とは違いますよね。色を重ねたら、ふあ~っと空気感が生まれるのを感じてください」

 「竹串の先で、一度塗ったパステルを削ってみるのも楽しいですね。下に隠れていた別の色が顔を出す箇所もあるでしょう」など声掛けは続きます。

塗り重ねたパステルを竹串の先で削ると、作者本人が驚くような思いがけない造形が浮かび上がる
塗り重ねたパステルを竹串の先で削ると、作者本人が驚くような思いがけない造形が浮かび上がる

 気が済むまでパステルを塗り重ねたり削ったりしたら、作品全体にベビーパウダーを振り掛け、手のひらでよくなじませてから、余分なベビーパウダーを取り除きます。さらに、ティッシュで全体を磨きます。さらさらの手触りになったのが分かります。

ベビーパウダーを振り掛ける
ベビーパウダーを振り掛ける

 作品を縦向きに飾るか、横向きに飾るかを決め、最後は両面テープで色紙に貼り付けます。どの色の色紙に合うか、どの色を選ぶか考えます。選ぶ色紙の色で印象はぐっと変わります。

作品を何色の色紙に貼るかを考えるのも楽しい
作品を何色の色紙に貼るかを考えるのも楽しい

 ただひたすらに黙々と夢中で絵を描き、用紙を縦横に動かしながら完成形を検証する参加者の表情は真剣そのもの。最後の色紙選びに至っては、迷いなく即決する女性陣に対して、すべての選択肢をああでもない、こうでもない、と逡巡する男性陣の行動が印象的でした。

 撮影していたカメラマンから「皆さん、描き終えた後では明らかに表情が違いますね」と声が上がります。満足そうな笑みが自然とこぼれる中、作品にサインを記して完成です。