「ストレス知らずで、いつも月曜の朝が楽しみ。私がそんな機嫌のいいサラリーマンになれたのは、“臨床美術”のおかげなんです」。笑いながらそう語るのは神戸を拠点とする大手通販会社フェリシモに勤務する木野内美里さん。臨床美術とは、もともと認知症の症状が改善されることを目的に医療現場から開発されました。いわゆる鑑賞するだけのアートとは違い、絵を描くことで脳を活性化させる臨床美術です。高齢者の心と脳の活性化のために開発された臨床美術は近年、介護現場におけるリハビリテーションだけでなく、子どもの情操教育や、社会人のストレス軽減にも効果があるとして注目されており、発達障害や不登校の子どものケアなど幅広い年齢層や分野からその効用に期待が寄せられています。

臨床美術に魅せられた木野内さんはそのメソッドを応用した「脳がめざめるお絵かきプログラム」というオリジナル・アートプログラムを商品開発し、同社の人気通販商品として定着させるという功績の持ち主。その影響で同社には現在、18人の臨床美術士が誕生しています。こうした木野内さんの活動は社内にとどまらず、噂を聞きつけた他社から社員の研修プログラムや講演依頼が後を絶ちません。

フェリシモとは「最大級で最上級のしあわせ」を意味するラテン語が由来だそうですが、木野内さんはまさに臨床美術の魅力を伝え、周囲に幸せを伝播するエヴァンジェリスタ。日ごろはチョコレートのバイヤーとして世界中を飛び回っている、ユニークなキャリアの持ち主でもあるのです。そんな木野内さんをここまで突き動かす、臨床美術の魅力とは何か。その原動力はどこから生まれるのかを聞きました。

謝ってばかりの会社員生活……、そんな中、臨床美術に出合った

臨床美術士・木野内美里さん
臨床美術士・木野内美里さん

日経DUAL編集部 木野内さんご自身はフェリシモでチョコレートバイヤーをされていて、かれこれ20年のキャリアをお持ちだと伺いました。そもそも木野内さんが臨床美術に出合ったきっかけを教えてください。

木野内美里さん(以下、木野内) 日本でまだ紹介されていない“幻のチョコレート”を求めて海外に渡り、日本に紹介し、販売するチョコレートバイヤーの仕事は、日本と海外の文化やスタンスの違いからトラブルも多く、思い通りにならないことの連続です。私にとって会社とは、「毎日謝りに行く場所」でした。

 そんな生活が続いていたある年、友人から「臨床美術を始めました」というコメント付きの年賀状が届いたんです。なぜかとても気になってすぐに「臨床美術って何?」と問い合わせました。これが、すべての始まりです。ストレスもたまっていたし、ちょうどその頃、母を亡くしたりしたこともあり、今思えば自分自身の転機だったのかもしれません。

 その後、実際に臨床美術を体験する機会に恵まれ、その場ですっかり魅了されてしまい、臨床美術士の資格を取得したいと思ったのです。

 そこで「老後のために臨床美術を学びたい」「有給休暇を活用して毎週1回学校に通いたい」と上司に相談したところ、「すごくいいことだ」と大賛成されました。フェリシモには勉強や自己啓発のために会社が後押ししてくれる風土があるんです。有給休暇を活用して週に一度学校に通い、1年半かけて臨床美術士の資格を取得しました。