「絵を描くこと」で心を解放する体験をすべての人へ

木野内 私自身、高校と大学で美術学校に通い、絵を描いて心を解放するとストレス解消になることは経験上、知っていました。生前、がんの治療中、うつ病を併発した母を見て「絵にはうまいも下手もないから、お母さんも描いたらいいのに」と思っていました。でも「うまく描かねばならない」という気持ちがある母にとっては、かえってストレスになるかもしれないと思い、強く勧めることができませんでした。もしあのとき、私が臨床美術を知っていたら、お母さんと一緒に絵を描けたかもしれない。もっと早くに知っていたらどんなによかったかと、激しく後悔しました。

 それと同時に、「母のように臨床美術を必要としている人がたくさんいるはず。ならば、一人でも多くの人に臨床美術の魅力を伝えたい」と強く思うようになりました。今でもこの思いが私の大きな原動力です。

臨床美術に出合い、まず変わったのは「自分」

―― 臨床美術が木野内さんに与えた影響はどんなものだったのですか?

木野内 臨床美術に出合ったことで、まず自分が劇的に変わりました。臨床美術は、「存在論的人間観」によって、自分自身や他者を「そこにいるだけでいい」と全面的に肯定するという考え方をベースに、認知症の芸術療法として始められたものです。楽しみながら創作したり、それぞれの作品のよさを褒められたりするプロセスの中でこの考えは深まります。

 「おぎゃー」と生まれたばかりの赤ちゃんは、たとえ何もできなくても愛され、祝福される存在。笑うだけで、周りを幸せにすることができる。それなのに人は成長するにつれ、駆けっこが早いとか、成績がいいとか、仕事ができるとか、お金持ちだとか、「機能論的人間観」だけで判断されるようになっていきますよね。

 そして、高齢者になって昨日までできたことができなくなったり、リタイアしてこれからやっと好きなことができると思っていた矢先に認知症になってしまったりすると大きなショックを受けます。

 でも、「そこにいるだけでハッピー」という精神が基盤となって右脳モードで絵を描くと、脳が活性化し、セッションが終わると皆が前向きで楽しい気持ちになっていくんです。

 また、絵を描くことを通じて素の自分と向き合うことで、他人もいい、自分もいい、「みんな違って、みんないい」という境地に到達できる。人と違うことはむしろ美しいことだと、私も心から実感できたんです。

 商品企画という仕事は、言ってみれば毎日「好きか嫌いか」「可愛いか可愛くないか」を瞬時に判断することの連続です。会議などで自分がいいと思った企画をダメ出しされると、まるで全人格を否定されたような気持ちになったり、凹んだりします。私もそうでした。

臨床美術との出合いが木野内さんを変えた
臨床美術との出合いが木野内さんを変えた