2015年6月に発売されてから販売部数累計30万部のベストセラー『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者であり教育経済学者の中室牧子先生の独占インタビューを4回に分けてお送りします。「中室牧子 勉強するメリットを子ども達に伝える意義」に続く第2回のテーマは「子どもは叱るより、ご褒美で釣るほうが得策」です。

大事なのは「インセンティブのメカニズムを明らかにすること」

中室牧子先生
中室牧子先生

日経DUAL編集部 前回、高卒と大卒の生涯賃金の違いが1億円になることを子どもたちに説明することが、勉強のやる気につながるというお話を伺いました。これは、ある程度の豊かな社会で生きている、日本の子どもたちにも有効なのでしょうか?

中室先生(以下、敬称略) 前回申し上げたのは、「『勉強すれば将来の年収が1億円上がる』と教えれば子どもの成績が上がる」という単純な話ではありません。私が言いたかったのは、「インセンティブのメカニズムを明らかにすること」が重要だということです。

 例えば、「子どもが勉強しない」「夫が家事を手伝わない」「私の担任の生徒が遅刻する」などのような悩みがあったとします。こうした課題を解決しようとして、私たちが一番最初に取りがちな方法はどういうものでしょうか。おそらく、「勉強しなさい」「家事を手伝って」「遅れて来ないように」などのように、相手に伝えたり、注意したりするのではないでしょうか。しかし、こんな風に言ってみたところで、子どもは勉強するようにならないし、夫は相変わらず家事を手伝ってくれないし、生徒はすぐにまた遅刻を繰り返すようになるでしょう。叱られたその日は殊勝にしていても、3日も過ぎれば叱られたことは忘れて、また同じことを繰り返す。人はそう簡単には変わらないものです。

 こんなときに、経済学は「インセンティブ」(動機)に注目します。誰かに注意されなくても、子どもや夫や生徒が自ら目標に向かって行動してくれれば一番いいのですから、彼らが自然とそういう方向に向かっていくように仕向ければいいのです。これが日夜、経済学が「インセンティブ」について考える理由なのです。

 前回ご紹介した、教育の経済価値を伝えるという実験も、根底にある考え方はこの「インセンティブ」です。子どもが自ら勉強するように仕向ける動機付けとして、「勉強することが、将来のあなた自身の収入を高めるのですよ」という情報を提供することが有効だということが示されたというわけなのです。