私が抜けてるぶん、息子にしっかりしてもらえばいいんだ

 先日こんなことがあった。息子のお弁当を作るときに、どうせならと自分のお弁当も一緒に作った。「今日は虎とママのお弁当、同じだからね。別の場所にいるけど、お昼、同じお弁当食べようね」とご機嫌で話した後、「じゃ、行ってくるね」と颯爽と手を振って先に出かけた私。なんか後ろで息子が「ママー!」と叫んでいるなぁと思ったのだが、時間がないからそのまま出てしまった。

 その数十分後、思い出した。お弁当をキッチンの上に忘れてきたことを。すぐ家に電話すると、電話口で「ママ、忘れ物がないかちゃんと確かめなきゃダメだよって言ったのに」と息子に怒られてしまった。

 お弁当を忘れるなんて絵に描いたようなおっちょこちょいだが、なんか息子に怒られるのっていいな、とちょっとほっこりした。そうか、私が抜けてるぶん、息子にしっかりしてもらえばいいんだ。案外、それのほうが、育つかもしれない。ちなみに、お弁当は夫が家で、原稿書きの合間に食べたそうな。

 来年もそんな小さな幸せに気付ける1年になりますように。

【夫のアトコメ】

 仕事と子育ての心理的なウエイト。なんかこう、異次元からの一撃を食らったような気分です。

 考えたこともなかった。

 そもそもわたしのような物書き稼業の場合、プライベートとオフィシャルがちゃんぽんというか、私生活で起きたことは確実に書かれる原稿にも影響を及ぼしてるわけで。実際、かなり虎が生まれてすぐの段階から、自分の書くもののテイストや方向性が変わってきたなあというのは、自覚もあったし指摘もされました。

 ま、それも当然といえば当然で、平成28年12月現在のカネコタツヒトは、毎週土曜日のテレビ朝日で放送されている『食彩の王国』の合間に放送される東京ガスのCM──結婚する娘と送り出すパパの物語──を見て、その都度涙腺を決壊させては「また泣いてんの?」とヨメに呆れられるような50歳なわけです。

 以前と同じような原稿なんか書けるわけがない。

 ただ、そんな自分の中の仕事と子育ての比率を改めて考えてみると……気分的には5対95ぐらいかも。ヨメからは2つの意味で怒られそうですが。「ふざけんな、もっと働け」か「じゃ、もっと子育てやれ」って。


横浜・八景島シーパラダイスでペンギンとご対面する虎