日経DUAL創刊時から、連載「ママ世代公募校長奮闘記」を執筆してきた大阪市立敷津小学校・元校長の山口照美さん。この4月からは、元民間人校長として公教育に関わる山口さん。そんな山口さんの言葉をストレートに伝える新連載の5回目です! 

* 本連載の最後のページには、大人ではなく“お子さんに向けた”山口さんからのメッセージがあります。ぜひパパやママが声に出して読んであげてください。

「常識」とは、その時代の偏見である

 「『常識』とは、その時代の偏見である」という言葉が出てくる論説文を、好んで中学生に向けて解説していた。実際、私が塾の現場にいた20年前には携帯電話も普及しておらず、レコード会社に頼らずともYouTubeで世界的なヒットを飛ばせる時代が来るなんて想定できなかった。LINEで欠席連絡を送ってくる新入社員を、旧世代の「常識」を盾に「非常識」と叱るか、社内SNSを導入して新しいルールを作るか。

 今まさに社会で働く私達も、発想の転換を迫られている。新しい時代の偏見があれば、古い時代の偏見もある。先日、小3の娘と映画『この世界の片隅に』を見た。舞台は戦時中。物資不足の中、日々の暮らしを少しでも豊かにしようと努めた人々の姿と、破壊された街の景色に、「たまたま平和な時代の日本に生まれただけ」の自分の幸運を思い知らされる。娘にとっては、もっと遠い世界に感じられたかもしれない。

 少し、身近な例に話を戻そう。

 民間人、しかも自由度の高い自営業から公教育の現場に行った。さらに、役所で働く公務員となった。時代だけでなく「業界や組織の『常識』」の根深さも、イヤというほど感じている。言葉遣いや文書の書き方、その組織の「お作法」がある。

 家事・育児もそうだ。その家庭や親の考えがある。ママ友とぶつかりたくなかったら、「アリエナイ!」という言葉を封印することだ。「アリかも?」と思うことで、視野が広がることがある(ただし、子どもの命や健康に関わるような話は別なので、いきなり否定せず相談に乗ってあげてほしい)。

 そして、これからの日本で生きていく子ども達には、この「アリなんだ!」と受け入れる力が必須になっていく。理由は2つ。

 最初に述べたITの進化と、グローバル化だ。