渡辺さんは「何もないゼロから、スタートの1を作り出すのは、本当に大変だった」と当時を振り返ります。

 ウィッグ制作のための毛髪を寄付で集める方法や集まった髪の毛を処理する方法、ウィッグを必要とする子どもの募集をどうするかなど、すべて初めての経験でしたが、コネクションもないので、必要なことをその都度、人づてに紹介してもらいながら、その仕組みや流れを作っていったそうです。

 そして、集めた毛髪を海外の工場に送り、毛髪の質を整えてトリートメント加工し、逆輸入で日本に戻ってきた毛髪を日本のウィッグメーカーでウィッグにする工程が確立されました。

 並行して、ウィッグを必要としている子どもを募り、希望者の頭を採寸し髪形を決め、賛同美容室で本人の希望の髪形に整えて渡すことになります。

全国1300店の賛同美容院を通して、自分だけのウィッグを受け取る


Japan Hair Donation & Charity事務局長の渡辺貴一氏

 JHDACでは、ドナー(髪の毛を寄付する人)の毛髪を使って、ドニー(ウィッグを受け取る子ども達)に無償でプレゼントする医療用のウィッグのことを、「Onewig」と呼びます。一つのウィッグを作るためには30人分ほどの毛髪が必要ですが、たくさんの人の思いと工程を経て、ドニーが受け取る、世界に一つだけのウィッグです。

 最初に渡したのは、高校生だったそうですが、渡せたのは募集から1年半後だったそうです。形になるまでの果てしない道のり、大変な苦労がうかがえます。

 毛髪は、今は6対4くらいで個人からの送付が少し多いくらいですが、始めた当初は100%個人からでした。切った髪の毛を持ち帰るお客さんを見て不思議に思った美容師がへアドネーションのことを知り、少しずつ賛同美容院が増えていったそうです。今では、日本全国1300店(2016年10月時点)くらいの美容院が賛同美容院となっていますが、日々20~30件の問い合わせがあり、賛同美容院は増え続けています。

 毛髪と一緒に送られる手紙のメッセージで圧倒的に多いのは「子どもの笑顔につながれば」とボランティア精神の温かいものです。その他、身近にがん罹患者がいて、何もしてあげられなかったから髪を寄付したい、自分の子どもを亡くして供養になれば、という思いの参加も多いようです。

 また、障害を持つ自分の子どもがたくさんの人に助けられてきたから、「協力してくれた人達へお礼をしたい」、ひきこもりの人が世の中に迷惑をかけてきたから「世の中のためになるようないいことをしたい」など、お世話になったお返しに自分の髪を何かの役に立ててほしいという思いで参加する人もいるようです。

 渡辺さんは、そのような思いがつづられた手紙を受け取ると、毛髪の寄付に感謝しながらも「それは、違うのでは? 卑下する必要はない」と思うそうです。

 私も、昨年がんに罹患し、マイノリティー(少数派)になってしまったようで、心の中で壁を作った時期がありました。しかし、渡辺さんの話をお聞きしながら、やはり「それは違うのではないか?」と同じように思えました。私も同じく、がんになりたくてなったわけではない、なりたくてマイノリティーに、弱者になったわけではない。社会から疎外されているように感じることはない、劣っているわけでも負けたわけでもないから、下を向くことはない、と思えたのです。