ちなみに、「◯◯歳までに◯◯しないと手遅れになる」という時期は、専門用語で「臨界期」と呼ばれます。 

 「例えば、子猫を視覚の臨界期に、縦線しかない空間に入れて育てると、横線を一生見ることができなくなります。人間でも、1歳半までの乳幼児期に片目に眼帯をかけると、弱視になることが分かっています。人間の視覚の臨界期は3歳ごろまでといわれます。臨界期は、五感のような低次機能には存在します」と小泉さん。

 それはこういう仕組みで起こります。脳は情報処理の神経回路を構築することで機能します。乳幼児期は神経回路が盛んにつくられる時期で、外からの刺激があればシナプスと呼ばれる接続部が生き残りますが、刺激を受けないと「不要」と判断され、シナプスが消えてしまうのです。例えば、直線でできた都会のビルしか見せないで育てると、脳が曲線を見る力を「不要」と判断し、直線しか見えない子に育つこともあり得ます。

 詳しくは第2回の記事で説明しますが、小泉さんはこうした臨界期を持ち出した安易な知育偏重の早期教育に警鐘を鳴らします

 「赤ちゃんの脳は、吸い取り紙のように吸い取るので、何かを教えるとその場で反応が出やすい。早期教育をすると意味があるように見えるのでやってしまいがちですが、長い目で見ると、最後まで身に付くものではありません。吸い取り紙に吸い取らせて喜んでも意味がないのです。逆に『不自然な教育』に時間を取られて、感覚や運動などそのときに本来伸ばすべきことがおろそかになり、根本的な部分の発達が遅れる害のほうが怖いと思います」

生後6~10カ月に早期教育の教材DVDを見せ続けると……

十文字学園女子大学特任教授の内田伸子さん
十文字学園女子大学特任教授の内田伸子さん

 「小さいころに受けた教育によって、子どもの将来が決まるという考え方がそもそも間違っています

 発達心理学や認知心理学の分野から、早期教育の効果に疑問を提示してきたのが、十文字学園女子大学特任教授の内田伸子さんです。

 「米国でこんな調査が行われました。生後6~10カ月の間に早期教育の教材DVDを1日1時間以上見せられていた子ども達は、認知や言語の発達が遅れていることが分かりました。意味を伴わない刺激やパターン刺激を与えられ続けると、脳のある部分が萎縮してしまうのです。こうした早期教育は百害あって一利なしです」

 2010年、文部科学省は「幼稚園卒は保育園卒よりも成績が高い」という結果を発表しました。様々な家庭が利用する保育園と、世帯収入など似たような家庭の利用が多い幼稚園とでは成績に違いがあったということですが、本当なのでしょうか。

 内田さんらは、その検証を行うために、日本、韓国、中国、ベトナム、モンゴルの大都市で3~5歳の各3000人を対象に大規模な調査を行いました。

 「『読み書き(模写)』の能力は5歳では、家庭の収入の高低によって得点に差は出ませんでした。しかし、内面の発育や知性を測る指標になる『語彙力』については、収入の高い家庭のほうが得点が高くなりました」。そこで「裕福な家庭ほど子どもに習い事をさせているのかもしれない」と習い事と語彙力の関連についても調査したところ、習い事をしている子どものほうが語彙力が高いことが明らかになりました