共働き家庭にとって、日常の家事をどうやりくりするかは、頭が痛い問題です。日中は保育園に預けている子ども達とのわずかな時間を豊かに過ごすためには、家事は効率よく片付けて笑顔で家族団らんの時間を持ちたい、という気持ちを持つ人も多いかもしれません。でも実は、小さな子ども達にとって、遊びやテレビよりもずっと魅力的で、塾や習い事よりももっと高い人間力を育む体験が、日常のお手伝いの中にあるとしたら−—?

お手伝いの効果を検証しつつ、家族の関わりをより豊かに、親子のコミュニケーションにも役立ててもらいたい、と日経DUALでは「お手伝いする子は脳と心が伸びる! 特集」を企画。お手伝い習慣が大切だと分かってはいても、子ども達が大きくなり、学校の勉強や塾、習い事などが忙しくなるにつれて、優先度が低くなってしまいがちです。

「楽しく手伝ってくれるときだけで十分、というのでは甘い!」というのは、「お手伝い至上主義」の三谷宏治さん。経営コンサルタントとして活躍中に三児を育て、現在は「子育ては人材育成」という視点で、お手伝いの大切さを広く発信し続けています。お手伝いをするものは、就職をも制す!? 子どもの将来にも必ず役立つという、お手伝いの良い影響について三谷さんに聞きました。

【お手伝いする子は脳と心が伸びる! 特集】
第1回 相良敦子 モンテッソーリに学ぶ1歳からのお手伝い
第2回 3歳からは「二度目のチャンス」 子を変えるお仕事
第3回 1歳からの台所育児 6歳までの経験が脳を伸ばす
第4回 食の自立は生きる力そのもの 科学への興味の芽
第5回 子の就職力を高める「ヒマ・貧乏・お手伝い」習慣 ←今回はココ

お手伝いの重要性を、みんなよく分かっていない!

三谷宏治さん。東京大学 理学部物理学科卒業後、ボストン コンサルティング グループ(BCG)、アクセンチュアで経営コンサルタントとして働く。その後、特に子ども・親・教員向けの教育活動に専念し、現在は大学教授、著述家、講義・講演者として全国で活躍。3人の娘の父
三谷宏治さん。東京大学 理学部物理学科卒業後、ボストン コンサルティング グループ(BCG)、アクセンチュアで経営コンサルタントとして働く。その後、特に子ども・親・教員向けの教育活動に専念し、現在は大学教授、著述家、講義・講演者として全国で活躍。3人の娘の父

 「皆さん、本当の意味でお手伝いがダイジだってことを分かっていないんですよね」と言う三谷さん。「子どもが幸せになる子育ての基本はお手伝いにある」という“お手伝い至上主義”を提唱し、家庭でのお手伝いについて数多くの講演やアドバイスをする中で、結局、子ども自身よりも親がお手伝いを軽く見ているのでは、と感じるようになったと言います。

 「ちゃんとした食事をとるとか、挨拶をきちんとさせるとか、しつけや健康のことは皆さんとてもダイジにされるんです。もちろんそれも大切です。

 でも、それと同じくらい日常のこととして、家庭での仕事を自分が責任を持ってやるというお手伝いは、生きていくうえでもっとも大切なことの一つだ、ということをまず理解してほしいんです。

 特に子どもが大きくなってくると、お手伝いよりも勉強の優先順位が高くなってきがち。でも私は、娘達に勉強しろと言ったことは一度もありませんでした。その代わりに、とにかく『決められたお手伝いをちゃんとしろ』ということだけを言ってきましたね」

お手伝いをする子は「コミュニケーション力」が高い

 そんな三谷さんは、成長したわが子を見て、また経営コンサルタントやMBA教授として多くの企業のトップや人事部、若手ビジネスマンと接してきた経験から、幼少期にお手伝いをしてきたかどうかで、就職や仕事への向き合い方に大きな違いが出る、と断言します。それは例えば次のようなこと。

【家庭でお手伝いをしてきた経験がある人の特長】

 ● 段取りがいい
 ● 指示をされなくても自分で仕事をつくることができる
 ● 自分で考えトラブルに対応しようとする
 ● 自分の意思で決定することができる
 ● 思いやりの気持ちを持ち、よく気が利く
 ● 感謝を忘れない

 「これらはすべて“コミュニケーションスキル”や“問題解決スキル”、つまり生きる力です。最近は何でも親にしてもらう、指示をしてもらうなど、与えられ過ぎている若者が多く、偏差値の高い学校を卒業して就職をしても、受け身気質でこうしたスキルが備わっていない人が多い、といわれています。そんな中でも、幼いころからしっかりとお手伝いを経験してきた子達は、上記のようなことが幼児期からの積み重ねで自然にできている。これは、大学生になってから就活のために習得しようとしても間に合わない力です」と力を込める三谷さん。

 お手伝いの良い効果については、様々な調査結果も出ています。「2012年に小4・小6・中2を対象に行われた文部科学省の調査では、『道徳観・正義感』と『お手伝い』『生活体験』『自然体験』の間に、非常に強い相関があることが示されています」と一例を挙げる三谷さん。例えば、お手伝いをよくする層(5段階で最上位)では、道徳観・正義感が非常に強い子どもの割合が59%に達しています。一方、お手伝いの程度が最下位層の「1(全くやらない)」では、わずか4%。この層では、道徳観や正義感の程度が「1(非常に低い)」と「2(低い)」が合わせて46%と約半数を占めています。

「青少年の体験活動等と自立に関する実態調査」(文部科学省、2012年度)より三谷さん作成 ※『お手伝い至上主義! ――「自分で決めてできる」子どもが育つ』(プレジデント社)p69より引用
「青少年の体験活動等と自立に関する実態調査」(文部科学省、2012年度)より三谷さん作成 ※『お手伝い至上主義! ――「自分で決めてできる」子どもが育つ』(プレジデント社)p69より引用

*「青少年の体験活動等と自立に関する実態調査」「青少年の自然体験活動等に関する実態調査」より。ここでの“生活体験”とは、調理、掃除、ゴミ拾い、仲裁、育児などを指し、お手伝いは、買い物、新聞・郵便物取り、靴そろえ・靴磨き、食器片付け、掃除や整理整頓、ゴミ出し・ゴミ捨て、風呂洗い、窓ふき、料理、ペットや植物の世話を指す

 「この調査でいう、道徳観とは、『家や近所であいさつすること』『バスや電車で体の不自由な人やお年寄りに席を譲ること』『友達が悪いことをしていたらやめさせること』で測られています。

 お手伝いを通じて子ども達は段取り良く動くことを覚え、様々なことに気を配り、自ら考えて体を動かすようになります。さらに大切なのが、感謝する心。親の家事を助け、自ら経験することで生活を送ることの大変さ・大切さを実感したり、感謝の気持ちが芽生えたりします。誰から言われなくてもゴミが拾える、困っている仲間や他人を助けられる、課題に対して主体的に関わり、ゴールに向けて効率的に実践していく――。こうした人材こそを企業は採用したいのです」(三谷さん)

 三谷さんが、「お手伝い至上主義」に取り組んだきっかけは何でしょうか。また、家庭方針における夫婦間の調整はどのようにしたのでしょう。次からは、3児の子育てと自身の実体験について詳しく聞いていきます。

【次のページからの内容】
・お手伝いをしてきた子は、“仕事のスキル”“生きる力”が高い
・子育てのゴールは「自立をし、自分が幸せだと思う人生を生きてもらうこと」
・お手伝いの最大のポイントは“仕事”の意識 「係を決めて任せる」
・ルールは家族会議で決定 裁量権と責任はセットに
・「自由」と「制限」のバランス 共働き家庭は目が届き過ぎないからいい
・偏差値よりも大切なのは、自分で決めて行動する力