マタハラの背景には、犠牲を払わなければ会社が回らないという構造がある
マイさんの職場の先輩のことを責めたくなるが、最後に、もう少しだけ問題を掘り下げてみたい。
マイさんが働いていた会社には、労働契約書がなかった。社会保険や雇用保険も支払われていない。雇用契約ではなく、個人業務委託契約という形を取っていた。ただし、これも書面化されていたわけではない。
では、先輩が産育休時にどうしていたかというと、売上金の一部を雇用保険の代わりとしてプールし、そこから育児給付金相当のお金を出していたのである。誰かがお金を稼ぎ続けなければ、プールはすぐに枯渇してしまう。誰かが“生贄”にならなければ、妊娠できない仕組みになっていたといえるだろう。
マタハラの背景には、誰かが犠牲にならなければ、会社が回っていかないという構造(もしくはその思い込み)がある。そして、その構造に利用価値を見いだす人がいるからマタハラはなくならない。
ファーストペンギンは、ペンギンの群れの先頭に立ち、最初に氷の海に飛び込んだ一羽に付けられた名である。氷の海中には、天敵が無数にいる。飛び込むのは命懸けだ。そこから、先駆者や勇敢な者に付けられる呼び名となった。
しかし、何かを成し遂げた者だけを、ファーストペンギンと呼ぶのだろうか。そして、特別勇敢だった一羽だけを、ファーストペンギンと呼ぶのだろうか。
私は、誰よりも先に氷の海の冷たさを知ったものも、ファーストペンギンなのだと言いたい。彼女達の苦しみが、私達が進むべき道を教えてくれるからだ。
私は、ファーストペンギンになった彼女達の姿を、どうしてもとどめておきたかった。
つらい思い出を聞かせてくれて、ありがとう。マイさん。
(ライター/水野宏信、撮影/村上 岳)