仕事を外され、先輩や後輩を避けるように

 そしてマイさんは「あなたみたいな秘密主義者には任せられない」と先輩に言われ、元から担当していた仕事から外されることになった。それ以降、先輩と後輩に会わないようにして、残った2つの仕事をするようになった。会わないようにしたのは気まずさからだけではない。

 さらにもう1人、別の後輩が入り、彼女は入社後1カ月で妊娠した。先輩はことのほか喜び、先輩と後輩2人は、職場で胎児のエコー写真や子どもの写真の見せ合いをしたため、マイさんが輪に加わることができなかったからだ。忘年会では、子どもがいる人の席(女性席)と男性席に分けられ、女性席に座ろうとすると、先輩から「マイさんはあっちね」と言われて、男性席を指さされたという。

 マイさんは夕方から夜にかけて、一人で仕事をこなすようになった。元から勤務時間は自由で、任された仕事を仕上げておけば何時に働こうが文句は言われなかった。先輩はそれが気に入らず、マイさんに電話で説教した。勤務態度だけでなく、仕事内容にも容赦ないダメ出しが来る。電話を取らないでいると、合計1万字にも及ぶ説教メールが何通も来て、それに返事を送らなければまた電話が来る。

 何をすれば“正解”なのか分からなくなり、次第に体調にも支障を来すようになった。通常のマイさんであれば2時間で終わる仕事に、8時間もかかるようになっていた。

2度目の妊娠。でも、先輩からの数時間に及ぶ“説教電話”が心身を痛めつけた

マイさんに質問する小酒部さやかさん
マイさんに質問する小酒部さやかさん

 2014年1月、マイさんは2度目の妊娠に気づいた。

 夫と2人で手を取り合って喜んだ。夫はマイさんが「子ども嫌い」だから仕事をしていたと思っていたので、マイさんの喜びように驚き、そして誰よりも祝福してくれた。「2度目の妊娠では慎重にしよう」とマイさんは心に誓った。「絶対に産める」と信じていた。

 1月20日、先輩から電話があった。最初の職場にいた先輩の親友が、切迫流産の状態になってしまったため、仕事を肩代わりしてくれないか、という誘いだった。

 「でも実際は、誘いなんてものじゃなかった。数時間に及ぶ説教です。『今、私の職場に戻ってきたら、これまでのことはみんな許してあげる。この誘いを受けなかったら、あなたは馬鹿じゃない?』と言われました。あまりにも悔しく、怒りがこみ上げたので、気づくと話されたことをメモに殴り書きして残していました。先輩は、私が妊娠しているとは思ってもみないし、私の都合なんて想像もしないんです。『妊娠するな』と言い続け、『妊娠した』と言えないようにしているから」

 私は、話を聞きながら、いたたまれなくなった。なぜ、このタイミングで先輩から電話がかかってきたのだろう。そして、その電話が、なぜマイさんの心を最も傷つける内容で、そして数時間にも及んだのだろう。

 日本では、初期流産は「染色体の異常」と医師から説明を受けることが大半で、ストレスが原因などとは言われない。しかし、私のアメリカの友人は、「アメリカではストレスと流産には重要な関係性が認められると考えるのが普通で、妊婦に大きなストレスを与えることなど基本的に許されない」と教えてくれた。また、医学的な文献は少ないものの、ストレスや過剰な労働が、流産や胎児の発育不全につながるものとする指摘もある。

 流産の原因は誰にも分からない。けれど、もし医学が発展しストレスが原因の流産だと判明したら、ある種のマタハラは、ストレスによって胎児を殺す“胎児殺人”になってしまう。その“殺人”をマイさんの先輩は犯したことになってしまうのだ。