将来の成功を左右するのは「学力」よりも「非認知スキル」

 この映画にも登場する、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授。2015年6月に出版された翻訳書『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社/ジェームズ・J・ヘックマン著・古草秀子翻訳)が話題になりました。

 ヘックマン教授は、就学前の幼児教育で恩恵を受けるのは子どもたち自身だけではなく、そうした教育投資が社会全体への利益還元をもたらすことを、経済学の手法を用いて証明しました。就学前教育を行ったことによる社会全体への好影響を「社会収益率」として推計すると、年率7~10%にも及ぶという結果が出たのです。

 これは、就学前教育を受けたグループと受けなかったグループを40年にわたり追跡調査した結果に基づきます。教育を受けたグループは、教育を受けなかったグループに比べて、学歴・収入・持ち家率がいずれも高く、雇用が安定しており、反社会的な行為に及ぶ確率が低かったのです。年率7~10%という高収益率を継続的にもたらす投資はなかなかありませんから、この研究は大きな注目を集めたのです。

 ヘックマン教授の研究でもう一つ注目されたことがあります。それは、子どもが大人になってからの社会的成功にとって、何がインパクトを持っているかの分析結果です。それによると、世帯収入や両親の学歴の影響は間接的なもので、より直接的な影響をもっていたのは「子育ての質」でした。そして「子育ての質」とは、認知スキルよりも非認知スキルを高めることだったというのです。

 認知スキルとは、学力、記憶力、IQといった点数化が可能な能力を言います。これに対して、非認知スキルとは、思いやり、協調性、やり抜く力、自制心、勤勉性、自尊心、信頼、意欲、社交性など、ヒトが生きていくために大切な能力全般を指します。

 先ほどご紹介した、40年にわたって追跡調査を行っている研究(ペリー就学前プロジェクト)では、就学前教育を受けた子どもたちの学力やIQは確かに向上したのですが、8歳前後になると就学前教育を受けなかった子ども達との差はほとんど見られなくなりました。それにもかかわらず二つの実験グループ間で「社会収益率」に大きな差が出たということは、数値化できない「非認知スキル」こそが社会的な成功にとって重要な影響を与えているのでは、という主張の裏付けになったというわけです。

 非認知スキルと人生の成功の関係は、どちらが原因でどちらが結果か、まだはっきりしないものも多いですから注意は必要です。例えば、意欲が高いから組織で昇格できたのか、昇格したから意欲が高まったのか、因果関係を明確化することは難しいかもしれません。一方、近年、こうした非認知スキルと将来の成功との因果関係を明らかにできた研究成果も出てきているようです。