あえて決断に向き合わないという作戦

 出生前診断について考えたときのことを何人かの人に聞いてみよう。

 第3子を38歳で出産したCさんは開口一番にこう言った。

 「出生前診断を受ける人は、勇気がある人だと思います」

 Cさんは、通常の妊婦健診以外に、特別な出生前診断を受けようとは思わなかった。ちなみに、2人目、3人目の出産だからといって、染色体異常の発生率が減るという事実はない。

 「検査を受けるということは、陽性という結果が出たら、中絶するか、産むかを決めるということですよね。だから、私みたいな決められない人は、結局、受けないんだと思います。

 年齢が高くなっているので、妊娠した当初はすごく気になりました。でも、陽性という検査結果を受け取った自分を想像すると、産む決心はできず、かといって中絶する勇気も出ないという、情けない姿しか浮かんでこないんです。それに自己嫌悪を感じて、もう検査のことを考えるのはやめようと思いました」

 Cさんの中には、もし染色体疾患のある子どもが生まれても、それを受け止められる自分でありたいという気持ちもあったという。

 「そのときは、何とかなるのではないかと……。それは甘い考えかもしれません。想像できない大変なことはたくさんあると思います。でも、生まれてしまえば決断しなくていいのです。ともかく私にとっては、決めなくてすむことが一番でした」

 「夫と相談する機会はありましたか?」と私が尋ねると、あるとき、家事の最中に、夫から「検査、受けるの?」と聞かれたそうだ。そのとき、Cさんの口をついて出た言葉は「受けないよ」だった。すると夫も「そうか」と答えて話は終わった。

 「夫も私に似て、難しい決断は苦手なんです」

 Cさんはそう言ったが、結局、2人とも受けたくなかったのだ、と私は思った。

 「出生前診断を受けるかどうかは、よく考えて決めましょう」と言われるが、「考えない」と決める手もある。

 少しでも「どんな子が生まれても何とかなる」と思う人は、意識の下にある受けたくない気持ちを抱きかかえるようにして、逃げるように検査から遠ざかるものだ。

 中には、どうしても考えてしまうので、「中絶が可能な期間が通り過ぎるまで、わざと仕事を詰め込んで気を紛らわせた」と言った人もいた。